< 休講のお知らせ >
入門講座:5月3日〜5日休講のお知らせ
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ご復活おめでとうございます。新受洗者のみなさん、本当におめでとう。そしてすでに洗礼を受けられたすべての信者のみなさんに、改めて受洗おめでとうと申し上げたい。もうだいじょうぶです。みなさんは、神に救われました。
洗礼式を含む復活徹夜祭は、4つの美しいシンボルで飾られています。
一つ目は、光。
光のない世界は考えられません。神は永遠の恩寵として光を創造し、限りない愛を持ってキリストを輝かせました。人を閉ざしているあらゆる闇を吹き飛ばすためです。
司祭は復活のろうそくに新しい火をともすとき、高らかに宣言します。
「輝かしく復活したキリストの光が、心の闇を照らしますように」
みなさんの心にともった復活の光は、決して消えることなく輝き続けます。
二つ目は、ことば。
世界は神のみことばによってつくられました。そのみことばは、すべての神の子に「おまえを愛しているよ」と語りかけています。みことばであるキリストは、聖書を通して「おまえを永遠に愛しているよ」と語りかけています。
神の救いの歴史と、主の復活の出来事が聖書で読まれたあと、司祭は説教において宣言します。
「この救いの歴史は、みなさんにおいて完成しました。この主キリストは、みなさんのうちに復活しました」
みなさんはみことばによってつくられ、みことばにおいて救われているのです。
三つ目は、水。
いのちの水、誕生の水、清めの水です。神から流れ出て、人を満たし、生きるものとする水です。みなさんは、「だれでも渇いているものはわたしのもとに来なさい」というキリストのもとに来て、この水に沈められ、この水から新たに生まれたのです。
司祭は受洗者一人ひとりの名を呼び、水を注ぎながら宣言します。
「わたしは、父と、子と、聖霊のみ名によって、あなたに洗礼を授けます」
みなさんはその時、ほんとうの意味で生きるものとなりました。
そして四つ目は、パン。
神の愛の目に見えるしるし、キリストのからだであるパンです。受洗者にとっては初聖体拝領となるこのパンを食べることこそ、神の子の生きる意味であり、キリストの家族の一致の実現です。まさに「このパンを食べる者は永遠に生きる」のです。
司祭は一人ひとりにパンを示し、「いままでつらかったね、ほんとうに、ほんとうによかったね」という思いを込めて宣言します。
「キリストの、からだ」
みなさんはこのパンを食べ、ついに神とひとつになりました。
繰り返し、万感の思いで申しあげます。
「洗礼おめでとう!」
これ以上におめでたいことは、この世界には存在しません。
「帰国子女」という言葉がありますが、日本国籍ながらも外国で生まれ育ち、齢40近くなった最近ようやく帰って来た私は、「帰国中年」というのがよりふさわしいでしょう。その帰国中年がどのようにして多摩カトリック教会に辿りついたのか、以下書かせていただきます。
私が帰国したのは震災直前ですが、洗礼はその1年ほど前、カリフォルニアにあるプロテスタントのバプテスト系教会で受けておりました。カトリックではありませんでしたが、この南部バプテストの教会でも霊的に成長させていただいたと感じているので、帰国後も当然プロテスタントの教会に所属すると思い込んでいました。
ただ社会全体の宗教に対する見方、そして教会内の空気も、日本と米国では相当違います。最近、米国で日本人クリスチャンの支援にあたっている方から残念な話を聞きました。米国でプロテスタント教会に入った日本人は帰国するとそのほとんど、約8割が所属教会を見つけられず、信徒の集いから離れてしまうそうです。昨年初めの私も帰国後一年経っても所属教会が決められず、あせっていました。
そこで、教会を離れるくらいだったらせめてカトリックも見ておこうと、(おかしな言い方で申し訳ありませんが)当時の私としては一大決心に至ったのです。幼少時私がカトリック信者が大多数の国、フィリピンにいたということと、成人してから幾人かのカトリック信徒の方々との出会いがあったということもこの決断の後押しをしていたかとは思います。
まずネット検索すると多摩教会がカトリックでは一番自宅に近いとわかりました。そして多摩カトリック教会ホームページを見ると、入門講座を週に何度も開いているということで、外部への福音宣教も熱心に行っているということが伝わってきました。ただ最初に来た日には、洗礼式の直後で入門講座は開かれてなかったのですが、突然おじゃましたお祝いの席でも神父様や信徒の方々にも温かく迎えていただいて、カトリック教会は敷居が高いという今までの認識を改めさせられました。
その後入門講座に通い、改宗(転会)もすませました。多摩教会は私にとってはオアシスでありますし、別なたとえだと温かいオアシス、つまり温泉でもあります。日本に帰って、寒い中とぼとぼと歩いていたら突然賑やかな温泉宿が目の前に現れてびっくりしたという感じです。日本的な良さがあり、でも決して閉鎖的にならず常に外部に開かれて成長している、そのような共同体が今の多摩カトリック教会だと思います。
更新日 | 主任司祭 | 巻 頭 言 |
2013年7月 26日 | 晴佐久 昌英 神父 | 洗礼こそは神の愛の表れ |
更新日 | 新受洗者氏名(仮名を含む) | タイトル |
3月10日 | 富山 博子(仮名) | 「お命じになるものを与えてください」 |
3月27日 | 本多 美佐(仮名) | 「これから・・・」 |
3月26日 | 音無 のぞみ(仮名) | 洗礼に寄せて |
3月26日 | 原田 昌美(仮名) | 何でもイエスさまと一緒に |
3月22日 | 平田 和美(仮名) | 受洗に寄せて |
3月22日 | 安田 光二(仮名) | 神の御心に感謝 |
3月18日 | 吉村 征哉 | 習字教室 |
3月5日 | 香山 奈々子(仮名) | 「多摩教会に来てみませんか?」 |
3月5日 | 田島 優作(仮名) | 神様に呼ばれて |
2月13日 | 神谷 良美(仮名) | 私は幸せです |
1月29日 | 浅田 千恵子(仮名) | 洗礼をうけて |
1月11日 | 宮本 華絵(仮名) | 洗礼のあと |
1月11日 | 宮本 欄(仮名) | ここから始まる |
1月4日 | 小島 美栄(仮名) | 2012.4.7 洗礼を受けて |
2013年1月4日 | 香川 瞳(仮名) | 受洗によせて |
12月 22日 | 晴野 百合子(仮名) | 愛の中で今を生きる |
12月 15日 | 長居 正英(仮名) | 受洗までの不思議な歩み |
12月 15日 | 加留部 隆(仮名) | 洗礼を受けて |
11月 28日 | 多田 久子(仮名) | 洗礼を受けて |
11月 28日 | 松原 晴子(仮名) | 心緩やかに生きる |
11月 21日 | 草野 久美(仮名) | 洗礼を受けて |
11月 21日 | 佐々木 佳子(仮名) | これまでとこれから |
11月 14日 | 鴨田 英子(仮名) | 人間は宇宙の愛 |
11月 14日 | 春野 優子(仮名) | 祈られて |
11月 8日 | 伊藤 英美(仮名) | 十字を切る |
11月 8日 | 吉良 元裕(きら げんゆう) | 受洗を終えて |
受洗から2週間たった今、そのままの気持ちは「楽になった」です。それと自分があるべきところにあるという安堵。
私には自分が選ばれたという気づきがあります。ただ単に、「選ばれた」のです。
もちろん主の御心は到底はかりしれませんが、「この人はいつまでも門のあたりをフラフラウロウロしていて目障りだから」と、エイッと引き入れてくださったのではと、勝手に想像しています。
この1年間は、身の回りに起こることがすべてといっていいくらいカトリック受洗に向かっており、「一体どういうことなのだろう」と押し流されながら、正直恐ろしくなりました。
でも、今はもうすべてを委ねようという思いでいます。
15年も前にもらった言葉、それは英語と日本語の併記で断水のお知らせの裏に鉛筆で走り書きされたものです。
茶色い染みがあちこちに浮き出ている、不思議と捨てずにとっておかれたこの紙片にある祈りは、今、私の中で生きはじめ、繰り返されています。
(※私の葬儀のカードにはこれを、お願いします。)
洗礼式が終わり夜空に光る美しい月を見ながら、私を初めて多摩教会に誘ってくれた友達と受洗の喜びをかみしめながら永山駅まで歩いた。透き通るような真白な月だった。
去年の夏の終わりに友達に誘われて多摩教会に来た。初めてのミサに感動した。ミサ後信徒館で、皆さんの優しい笑顔に出会った。友達は自分の教会に戻り、私は神様に守られているような気持ちで、ひとり毎週のように多摩教会へ足を運んだ。とても自然な気持ちで…。
9月…10月…11月が過ぎ…12月上旬、神父様と面談。洗礼を受けるには、まだまだ未熟であり、神様、イエス様のこと不勉強で、こんな自分が受洗して良いのか・・・という思いと、子供の頃クリスマスにもらったイエス様の絵本を見て「教会へ行きたい」という思いがやっとかなった幸せな気持ちが交差して決心できず、保留ということになった。(貴重なお時間を頂いたのにごめんなさい…)
年が明けて元日、神父様に「受洗したい…」とお話しすると「良かったね、おめでとう。良い年の始まりだね」と笑顔で言ってくださいました。
2月26日洗礼志願式、4月5日から7日の聖なる3日間の祭儀は厳かで心に残りました。
私の母は他宗教者ですが、子供の頃イエス様の絵本をプレゼントしてくれたのは母でした。私を信じ「信仰を持つことは良いことよ」と言って、受洗に反対しなかった母にも感謝しています。
無事に受洗し、幸せな気持ちが続いています。悩んだことがうそのようです。
本当に「これから…」ですが受洗した喜びと洗礼式の帰りに見たあの美しい月を忘れずに、キリスト者として一歩ずつ歩んで行きたいと思っています。
晴佐久神父様、シスター、代母のIさん、入門係の方々、励まし合った仲間の皆さん、多摩教会の皆さん、そしてKちゃんありがとうございました。
これからもよろしくお願いします。
先日4月7日に洗礼を受けさせていただき、本当に嬉しく、また感謝に思っています。
私がカトリック多摩教会に初めて来たのは、今から1年半位前になります。その時の私はどうだったかを思い返してみると、まるで自分が悲劇のヒロインみたいに思えていたように思います。
私は、現在もそうですが、主人と一緒に混声合唱団の一員としてやっていました。確か11月19日の日に定期演奏会を控えていたので、10月の初めの土・日を強化練習として泊まりでオケと合同でモーツァルトのレクイエムを中心に合宿になっていました。主人は体の弱い私を気にして、宿泊なしで、車で2日間とも往復をしてくれました。
もちろん私も風邪を引かないように気を使いましたが、土曜日はひどい風と雨で寒い日でした。何とか二日間練習をこなしましたが、次の日の月曜日には私は喉が痛く、頭痛と気分の悪さで、(どうしよう風邪を引いたかも)と思っているうちに、夕方には38度近くまで熱が上がり、起き上がることもできない状態でした。
帰ってきた主人に、「夕飯、熱でできない」と言うとイライラしたように、「だから気をつけろって言ったろ。普通に練習しただけなのになぜあなただけ具合悪くなるんだよ。どうかしてるんじゃないの? 本当イヤだ、バカヤロウ」そう言ったのです。
あまりのことに、私はショックを受けました。どうしたらよいのかわからなくなったのです。
気をつけていたことは確かです、でも、会場になったホールは、暖房で乾燥しているうえに結構ほこりっぽかったのです。
熱の下がらない私は、薬を飲んで寝ているだけ。惨めで、なぜ「バカヤロウ」呼ばわりされなければならないのかわかりません。情けなくて涙しか出なかったのです。
熱でぼんやりしている時、小さかった私を、祖母がクリスマスミサに連れて行ってくれたことを思い出しました。そのとき神父様が私に、「神様はいつも君を見ているよ。でもつらいことがあったときは教会へおいで」、そう言われたことを思い出しました。
気がつくとパソコンの前で多摩市の教会を探していました。パソコンは、教会の名前をいくつも出しました。でもカトリック教会はただ1カ所、場所は馬引沢・・・。数日悩みました。電話してみようか、しかし、なかなか電話できません、どうしたらよいのかわからなかったからです。(信者でもない私が電話したらきっと迷惑だよね)。
でも私の重たい気持ちは晴れず、迷うたびに「つらいときは教会においで」と言われたことを思い出すのです。私は(それならば)と思い切って電話しましたが、カラカラの喉、ガクガク震える電話を持つ手・・・。
電話に対応してくださったのは神父様でした。「何も心配しないでおいで。場所はね・・・」と行き方を丁寧に話してくださいましたが、私は方向オンチで、(大丈夫かなあ? )と心配になりました。
「何も考えないでおいで、待っているから・・・」。その言葉で、私は本当に何も思わないまま教会に来ました。
神父様とお話ししているうちに、私の心はいつしか本当に晴れやかに明るくなり、(最後は夕飯何を作ったら主人は喜んでくれるかな? )などと思っていました。夜になり、(そうだ、私のあの重い暗い気持ちはどうなったのだろう。もしかしたら教会へ置いてきた? )とさえ思ったほどです。
こんなふうに晴れやかに明るい気持ちになれるなんて、最初は思ってもみなかった私です。神父様は「入門講座においで。ミサにおいで。みんなに触れ合ったらいいよ」。笑顔でそう話してくださり、私はその週の金曜日の講座に行きたいと思うようになりました。
この優しくて大きくて深い気持ちがイエス様の心。
講座へ最初に行ってとまどう私に、入門係の方や他の方は私に違和感なく話しかけてこられ、その中にいられる私は幸せだと思うようになっていきました。だから教会に行けることが楽しみになりました。
そうするうちに、主人への気持ちも変化していきました。体調を崩した私に罵倒とも思える言葉を使った主人、普通ならばとても赦せるものではありません。
でも、講座やミサへ行き、お話を聞いているうちに、主人はきっと、一生懸命私をかばって最大限のことをやったのに、それでも体調を崩した私に、きっと(こんなに心配しているのにまったく! )という、そんなため息をつきたくなる思いで、「バカ」と思わず言ってしまったのだ。それなのに、私は大げさに落ち込んで、今思うと恥ずかしいとも思えるのです。
教会へ通うようになると、主人の態度も変わっていったように思います。
車で仕事場近くまで送ってくれることもあり、以前はなかなか言えなかった「ありがとう」の言葉を言えるようになりました。
今、洗礼を受けて思うことは、改めて合唱を主人とやれることや、私にピアノを弾くことを教えてくれた母、また私のことを親身になって心配してくださった入門係の方々、大きな愛情で導いてくださる神父様、本当に感謝だと思います。
いつか主人と一緒に、ミサへ、講座へと行かれたら、こんなにうれしいことはないと思うのです。きっとそうなると願っています。
わたしはカトリックの、ナースも全員シスターという病院で、8月15日被昇天祭に生まれました。その時点でもうすでに神様はわたしをカトリックの洗礼に導いていたと信じます。
洗礼を受けたものの、なんだか呆然としていて、目の前をいろんな人や物事がテレビのように移り変わるような気がしています・・。
自分が行動しているような気がしません。たぶん、もう死んで、神のいのちに生かされているってこういうことなんだと思います。全部自分がやっている気がしません。「うちではキリストが家事をやっている」という感じでした。しばらくたって何をしてもつきまとう、この薄いベールをかぶったような感じはうすらぎましたが、相変わらず、わたしがしている日常的ないろいろなことの何もかもが突然、神様のためにしているような気がしています。親のために出す食事、これも神様のお食事のような気がしています。入れるハーブティー、自分が飲むのですが神様にささげるお茶だと思います。何でも丁寧にやるようになりました。
洗礼前の3日間、わたしは祈りに開け暮れていろいろ本を読んで準備して、などと考えていました。有名どころで祈ったり、今まで洗礼準備に1年間読んできた本をおさらいしたりとか。
でも、神様はわたしからすべての自力を奪い去り、風邪をお与えになりました。鼻風邪で、薬を飲むと大変に眠いのです。ぼうっと力を抜いて過ごし、洗礼とは圧倒的に神が授けるもの、自分で努力して授かる恵みではないという神父様の教えが本当によくわかりました。
わたしは少し脳みそ教っぽいみたいだから。理屈で考えて神様と対峙しようとしているみたいだから。わたしが考えて洗礼を受けようと思ったんじゃない。そう思わせてくださる方がいらして、そのお方が神様なのだ。風邪は、洗礼を受ける1時間前に治りました。・・・やっぱり神が送った風邪だったのです。
昨日今日と、わたしはミサ中に水を飲まねばならないことで苦しんでいました。
わたしは心の病ですが、のどの渇く薬を2種類飲んでいます。1年ミサに出て、誰にも言われたことがなかったのに、洗礼を受けて翌日の復活祭で、隣の若い人に注意されたのです。ご聖体拝領一時間前は飲食禁止だということを聞いたことがあるのを思い出しました。
この隣の人のひと言にずいぶん悩み苦しみ、水が飲めないからミサにもう出たくない、はては洗礼を受けて2日目でカトリックで洗礼を受けたことを後悔し、水のことなんか言わないプロテスタントに行こうとまで思っていたとき、神様は友達を通してネットで探しまわってくれ、「だいじょうぶ! ここに『病人はこの義務から免除』と書いてあるよ」とメールをくれました。すっかり元気になって、徹夜祭以来疲れてお花見にも行っていなかったのですが、起きて桜を見に行きました。
洗礼を受けてから、わたしと神様はいつも、特にわたしが感動しているときに一緒にいます。
そのドラマがあった後桜を見ていて、わたしの目を通して神の目が後ろにある気がしました。神がわたしの目の後ろにいて(頭蓋骨のなかにいる)一緒に桜を見ている。試練の後の桜は格別に美しかった。神様と一体になって見る桜は格別でした。別格。
お風呂に入っても、自分ひとりで入っているのでなく、神様がぴったりわたしの背中にはり付いていて、神様と一緒にお風呂に入っている感じがしてならない。このごろ背中がなんだかあったかいです。背後すぐのところに神様がいる。神の体温を感じる。やっぱり神様はわたしのところに来たんだ。(ときどき振り返っちゃいます)。ちゃんとご聖体をもう二度いただいた。
そういえば洗礼に先立って、イエスさまが夢枕に2度お立ちになりました。顔のわからないお兄さんだかおじさんだかわからない男の人が、実に優しく、「だいじょうぶなんだよ」というようなことを、わたしがいろいろ疑問をぶつけるのにいちいち長いことお答えになってくださる夢です。
それはそれは優しい夢で、起きた時に体が軽くなってふわふわ浮いている感じがする夢でした。洗礼2週間前だったと思います。
都内の別の教会と多摩教会の入門講座に1年通って、ミサに出るようになり、わたしはずいぶん変わりました。
直そうとしても直せなかった20年以上前からの癖、顎がちょっといつも突き出ていて、生意気そうに見えて写真うつりもひどいのですが、それが直りました。意識しなくてもいつも自然に顎をひいています。神を畏れるようになったのだと思います。
そしてわたしの性格も、病気で病院に長いこと入院していた苦しみのためにせまく縮こまっていたのが、ほがらかになりのびやかになり、だれとでもニコニコ親切な会話をこころがけ、まったく知らない人との会話を楽しむようになりました。むしろ、知らない人との方が心を開き合える感じがして、一瞬心と心が触れ合ったときスパークが散る。それを楽しんでいます。
わたしと会話していると、皆さんは明るく顔を照らしてお話しになります。わたしは以前は心の病で心を閉ざして、知らない人に心を開くのが難しく、おつかいに行くのも今ですらまだ難しいですが(人と対峙しなければならないので、スーパーに行くのが苦痛なのです。買い物客もいやだし店員はもっといやだ)でも教会ではわたしは明るくふるまい、「魅力的だ」とさえいわれるようにだんだんなりました。
教会に通うことがデイケアとか作業所に通うのと同じ効果があるのです。
これを読んでいる心の病の皆さん、「一緒に晴佐久神父様の福音を聞きましょうよ」。 わたしの心の病はカトリックに通うようになったこの1年で本当によくなりましたから。
どんなに悲しいことがあっても一滴も涙が出ないようにする薬をわたしは飲んでいます。6年前、激しいショックなことがあって毎晩遅くまで祈りましたが、涙は出ませんでした。それが、この1年で、いろんなとき、特にミサのときに自然に涙が流れてときには大泣きするようになりました。
わたしの心の病は、一生治らない病なので、薬は飲みますが、ですから治ってはいませんが、でももう癒されたと信じます。「主の平和」がわたしの心に、今はきています。時々波が立つことがあっても、洗礼を受けてからずずいとすぐに聖霊がやってきて(波を蹴立ててやってくる)なんとかしてくれるようになりました。あの「ミサ中の水飲み事件」然り。
ありがとう神様。あなたの御業は、ほんとにほんとに素晴らしい。