12月:「初金家族の会」からのお知らせ(次回は’17/2/3・金)

「初金家族の会」からのお知らせ

  待降節第一金曜日、12月2日のごミサのお説教で豊島神父様は、「イザヤの預言やマタイによる福音は、人間として人間の気持ちがわかる者としてお生まれになった主のお恵みを、不自由な体の人々が喜び、祝い、希望に輝いたと伝えています。こんな私に対しても、人間としての誇りを知らせてくださる偉大な慈しみに感謝して今年も主を待ち望み、クリスマスを迎えましょう」と話されました。

 続いての初金家族の会は、クリスマスを迎えるのに相応しい音楽を聴く集いでした。コーラス・グループ、フォルティシシモ・シンガーズの皆さんの素晴らしい歌声、波多野直子さんの見事なオルガンと電子ピアノの調べに、年末を控えてのあわただしさを忘れて聞き入る楽しいひとときでした。

  2017年1月6日、初金ミサが捧げられますが、初金家族の会はお休みで、次回は2月3日(金)のミサ後、午前11時頃から開催の予定です。
 初金家族の会は経験豊かな方々から貴重なお話が次々と披露され、出席者同士の楽しい会話で信仰を深めあう機会です。どうぞお気軽にご参加ください。

巻頭言:主任司祭 豊島 治「愛のあるところ、それがクリスマス」

愛のあるところ、それがクリスマス

主任司祭 豊島 治

 「主があなたを祝福し、あなたを守られるように。主が御顔を向けてあなたを照らし、あなたに恵みを与えられるように。主が御顔をあなたに向けて、あなたに平安を賜るように。」(旧約聖書民数記6章)

 この素敵な祝福のことばをもって、神様の力がこの私に注がれていることを祝いたいとおもいます。

 クリスマスの祝いは、キリスト教の他のどんなことよりも日本で市民権をもっています。経済的効果でいえば、コンビニもおもちゃ屋さんも活発です。それぞれいろいろな形で街のクリスマスが行われ、特別な何かをしようとしたり、してあげようとしたり、そういう参加する機会があったかと拝察します。

 しかし、わたしたちはこの時節、街のクリスマスではなく教会として主の降誕を祝います。街と教会の違いはなんでしょうか。いろんな事が言えると思いますが、一点を今年挙げるとしたら、街のクリスマスというのはいわば過去のクリスマス、過去形のクリスマスの感覚。そして教会は「いま」を祝います。

 キリストがおよそ二千年前に生まれたということは歴史的事実で、キリストが30数年生きて、そして十字架で死んだ。そこからキリスト教がはじまった。それは歴史的な事実です。でも、キリストの誕生を、キリストの誕生のみを記念するならば、それは過去のクリスマス。しかし、教会はそれを前提としていますけれど、歴史的なそのときをただ降誕〇〇年として記念して祝っているのではありません。
 「今日、ダビデの町で、あなた方のために救い主がお生まれになった。この方こそキリストである」

 目に見えるイエスという人の誕生とその生涯、その十字架の出来事。それは目に見えない神様が、目に見えない神様の救いのわざが、神様の私たちの限りない愛が、現れたということ。イエスにおいて神はわたしたちの中にこられたというのは過去ではない、神様がいつも共におられるということなのです。

 生活の格差や不安定な「いま」の状況をもってでも、ささやかな愛をもって生きるそんな大切なものをもって迎えましょう。

連載コラム:「光り続ける一粒の真珠」

「荒野のオアシス教会を目指して」

一瞬の勇気で、一生の家族!
連載コラム「スローガンの実現に向かって」第72回
「光り続ける一粒の真珠」

桜ヶ丘地区 佐倉 リン子

 80歳も半ばに達して、生かされてきた年月の中に、つまっている出来事は沢山あるのに、その中に、海辺の砂の中に光る真珠の粒にも例えられるような風景が、失せることなく光を放ち続けているのに気が付きだした。その光が美しくて安らかなので、これこそが、神が人間に光を当てられた瞬間だったのでは、と思えてきた。
 その一粒の真珠のもたらす風景の中心には特異な容姿の小学生時代の旧友がいる。名前を「ツツさん」としよう。ツツさんは、この頃、マスコミで取り上げられることの多い、生物的に両性同一体だったのだ、と後年私は理解した。

 私がツツさんに出会ったのは、小学校入学間もないとき。もの心つく頃の記憶の中には、南京陥落の夜の提灯行列、ハワイ真珠湾攻撃、東京大空襲。東京の夜空が真っ赤に染まった1945年3月10日の午後、小学6年生だった私は、卒業式のために集団疎開先の茨城県から帰京したところだった。このような激変の時代の中でも、ずっと海辺の砂の中に埋もれていた心象風景、人間を人間たらしめるひとつながりの出来事が、私の中で生き続け、老いゆく心に活をいれてくれること、心のオアシスであることに、今、気づいたのである。

 この「オアシス」の中心人物ツツさんは、容姿の異様さが際立っていた。手足が長く、どちらかといえば、男性的な立ち居振る舞い。内臓に病があったのか肌の色が全体に濃く、くすんでいて、いつも教室の後ろの隅の席に周りの子供が近づかないので、特待生みたいに悠然と座っていた。でも、私は、ツツさんは明るく、人に意地悪をしない無害な人だと思っていた。
 お兄さんと弟がいて、運動場で誰かがツツさんをからかったりすると、悲しそうに心配そうにしていたのが印象的だった。髪結いをしているという優しげなお母さんが、ときどき学校に現れ、「何も悪いことしないでしょう。仲良くしてね」と子供たちに話しかけていた。今思うと、他のお母さんたちより、年をとって地味だった。
 軍国調の世の中にあっては、小学校には幸い、ツツさんのような子供を優しく包み込む空気があった。ツツさんは長期欠席もせず、学校に来ていた。ただ、少人数の子供がツツさんをいじめることがあり、ある日、下校時刻のベルで皆が校門近くに並んでいるとき、一人の子供がツツさんの足を蹴飛ばした。担任の山田先生がすぐに、そのいじめっ子の脚を手で叩いた。いじめっ子は大声で泣き、家に帰るとその母親が血相を変えて怒鳴り込んできた。若い山田先生は、青い顔をしていらした。

 戦後何年か経って30歳くらいの頃、焼け残った古い家に住む母を訪ねるため、西武線に乗ると、すぐ斜め前の席に山田先生が座っていらっしゃる。少し年を取られたが、相変わらず、背筋はしゃんとしてハンサムな先生。「山田先生、3年生のとき、担任していただいたリン子です」と名乗り、先生の隣に座わった。下落合のホームに降り立つと先生が、中からしきりに手を振ってくださった。昔と同じあの柔和な明るい笑顔いっぱいで。先生がツツさんに親切になさったことが、私の心の中でこんなにいつまでも真珠の粒のように輝き続けているとはご存知ないと思うが、それこそが私にとっての「オアシス」、神が人間にくださった愛の証だと私には思える。

 後年、小学校の同期会で、ツツさんの近所に住んでいた男の子が、ツツさんの亡くなった頃の様子を報告してくれた。威厳をもって報告してくれたのが嬉しかった。彼自身ハンサムで優秀、女性徒に慕われる存在だった。山田先生にしろ、この男子にしろ、人間らしい人間はハンサムである。真珠の粒が光り続ける由縁でもある。

「荘保共子さん講演会」アンケート結果

2016/12/4
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20161120-1s   
(4枚の小さな画像はクリックすると拡大します)

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去る11月20日、カトリック多摩教会では、
ドキュメンタリー映画
「さとにきたらええやん」
舞台になった「こどもの里」の開設者であり、理事長の
荘保共子(しょうほ ともこ)さんの講演会を開催いたしました。

大阪市西成区釜ヶ崎の「こどもの里」。
「日雇い労働者の街」と呼ばれてきたこの土地で、
荘保さんは、38年もの間、多くの子どもたち、そして
その子どもたちを取り巻く大人たちと関わってこられました。
この日の講演会には、多くの方がお集まりくださり、
皆さま、熱心に耳を傾けておられました。

アンケートを行い、
35名の方から、ご感想のホームページ掲載をお許しいただきましたので、
ここに分かち合わせていただきたいと思います。
(文章は判読できる限り、
原文ママといたします)

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【 10代男性/1名 】
・ 現代、若い人の自殺などのニュースを見ると「若い人はストレスをためすぎている人が多いんだな」と感じます。この講演を聞いて、改めてそう思いました。もっと教育を見直すべきだと思いました。

【 40代男性/1名 】
・ 本当にありがたく想いました。というのも自分がいろいろと常識にとらわれすぎていて、新しい視点が与えられたからです。
 まずは、現状を正しく把握して、理解を深めないといけないと思いました。自分がとても罪深く感じました。あまりに物事が見えていなかったからです。自分は、映像からよりも、講演の内容、お話し、(ストーリーとしての)を通しての方が衝撃が大きく感じました。
 政治や経済システムが明らかにおかしいことは分かっていましたが、子供たちがここまでおいつめられているのが、そのリアリティが迫ってきて自分が何をすべきなのかが問い直されました。重ね重ねありがとうございました。
(「見学したいか?」の質問には、「衝撃を受けて、どう自分がしたらいいのかと想ってまだ消化しきれてません」の回答)

【 40代女性/6名 】
・ 私自身が「こども」になった経験でした。

・ すごく励まされました。素晴らしい講演会を有難うございました。

・ 荘保さんありがとうございました。お金は子どもにつかわないとね。老人(介ゴ)よりも。
 老人だけでなく包括センターは、子どものも始まった。東京では、三鷹、昭島市、文京区。制度の穴(知ってる人は知ってるのに←必要としてない人。知らない人は知らない←必要としてる人)があることを、東京の児童にかかわる人(ケースワーカー)も気付いていて、使える施設(子ども支援センター?放課後?)が近年できたということを最近知った、という話をきいたばかりである。私は、学校の先生が、困った児童を助けてくれるものだとばかり思っていたのに、現場の人から、そうではない現実をきき、自分の無知を、のん気さを恥ずかしく思ったばかりである。
 作業服を着た人の隣に座りたがらないのは、単純に、自分の服が汚れるかもということで、差別とはちがうと思う。山ガールでも隣に座りたくない。知人の水道工事の現場監督も、隣に座ってもらえないことを嘆いていたが、自意識過剰だ。そもそも差別とは何か?毛嫌いすることだろうか?人間だからすききらいがあるのはあたりまえだ。公衆衛生が浸透していない現実を知ることができた。
 人と人とがかかわることの大切さを改めて知った。
 教育と福祉の合体が今必要となっている。沖縄3人に1人が貧困。時給安くても理不尽でも、自分のせいと思ってだまっている人いる。人権、主体性を育てる。

・ さとにきたらええやんを見て、ぜひお話を聞きたく来場しました。私も来年からエンパワメント(親向けのホームスタートという仕組みです)の活動を三鷹で立ち上げるので非常に勉強かつ参考になりました。

・ 映画を見て、一度お話を聞いてみたいと思っており、今日講演会に参加できありがたかった。すべて子どもの現実から出発して行動している姿が印象的だった。映画にも一度しか十字架が出てこなかったし、荘保さんの話の中にもキリスト教のことはあまり出てこなかったが、キリストの聖心を生きている方だと思った。

・ わたしは心の病で結婚できなくって 子供も45歳になってもまだいなくって(女性です)、周りから見れば「半人前」。親二人とだけで、暮らしていると、いつまでたっても親からは「半人前」としてしか見られていず、自信がありませんでした。
 「《あなたは生きているだけで素晴らしい》《あなたは価値ある存在だ》と、大人になるほど、思えなくなってくる。そして、こう思えない子供が日本には圧倒的に多い。。」
 わたしは、病気だし、親も病気だし、親にご飯食べさせているだけの労働しかしていない。でも、荘保さんに 「あなたは生きているだけで素晴らしい」とじかに言われて来たようで、とても興奮して、生気をもらって帰ってきたんです。
 「失敗すること。それも何回失敗してもいい。そこから学んでいくこと」
 「一人前、自立とは 何でもそこそこ、ひとりでできる、ではなく、「助けて」とほんとに困った時に言える人。」
 「日本では、滑り台から子供が一人落ちると、滑り台がなくなる。自信をますます奪うように、文化や制度が、政治がはたらく。
路上生活者と話すだなんて とんでもない。知らない人から声を掛けられても 相手にしないこと」:これで、子供たちは自分が価値在る者 と思える自信を感じる場をますます奪われている。。
 まるで自分自身が、もう一度「こども」になった気分で、講演を聴いていました。《こどもを護ってあげる》ではなく、「まず自分を救ってあげる」なんだな、と思いました。「じぶん」にばっかり集中して生きるのを、日本人はすぐ、否定しようとする。。「肯定しよう」 と思うことも大切なこと、と。一方、「神さまの」願いもだいじにしなくては。
 まず、《「自分が 自分でいて大丈夫、そのままでだいじょうぶ」って思えないと。ってことがわたしにはすごく、いつのまにか、しづらい。》それをこの講演会では 明らかにしていただけました。
 荘保さんは ひたすら、「子供を助けたくて。」の講演でしたでしょうけれども、わたしはまず自分を救っていただきました。
 《こどもはだんだん人間になるのではなく、すでに人間である。》わたしも、「自分を半人前(こども)」 と思っていたことに気づきました。「わたしも、《わたし》でいていい」と。伝えていただいた。
 この感想を荘保さんに見られたくはないけれども、(こんな感想で、「おとならしくなく」、はずかしくって)(統合失調ってこういうことね と病名がおりてからこれで一年。しみじみと わたしの頭の足りなさを味わいました。)でも、あの講演会、「おとな」に取っても、「尊い」時間でした。荘保さん、有り難うございました!!!

【 50代男性/2名 】
・ 子供の問題はむしろ大人の問題であり社会の問題であると思います。今、私達一人一人が何が出来るかを考えなくてはならないと思います。地域、政治、自治体含め。問題を表面化させ、多くの人が参加出来るよう教会が主動できればと。本日、講演を聞いて思いました。

・ 子供が本来持っている力のすばらしさに気づき感動しました。

【 50代女性/13名 】
・ すべての大人、教育者が聞くべき話と思いました。

・ 貧困・薬物依存・支援のあり方・西成 釜ケ崎の大人。。。。持っていると思い込んでいた知識に、差別があったと思った。何ができるか、何をすればを、考えさせられた。

・ 先日は生き生きとした映画でした。とても何か熱いものを感じました。

・ こどもの里の子どもたちの明るさが、印象に残った。日本は相対的に貧困に陥って、普通に暮らすためにWワークがあたりまえになってきていると思う。子どもとの触れあう時間もなくなってしまうため子どもの里のような愛のある支援者がいる居場所がセーフティネットとしてもっと増えることが大切じゃないかと思いました。

・ 衝撃を受けました。国を支える 生活を国を幸せにするのは子供の教育が第一優選だと思います。これから先も大きな課題だと思います。

・ 子ども食堂を考えていました。勇気をもらいました。ありがとうございました。

・ 荘保さんはいつも目の前の子どもの”必要”を確保するために走ってこられたと思う。目の前の小さなことに1つ1つ向き合い49年、結果今の〝こどもの里”につながったのだと思う。ご自分の考えややり方というよりは、いつも(神様の)お望みに心を置いて生きてこられたと思う。”大人が考える子どもへの支援”ではなく、”予め子どもに備わっている力”に対する信頼・希望が大切と思った。家庭と家族は違うのだということも。

・ 子供の貧困6人に1人。この事に驚いている。まったく知らなかった。子供の居場所が本当に必要だと思った。私にできる事は何か考えてみたいと思っている。子供は親を守ろうと必死で生きている。もっと人のうわべでなく、心の奥深くを見つめたいと感じた。

・ 大変心に響く、すばらしいお話でした。一人一人の命が尊重され、子どもの権利が守られる社会を築いていく必要性をとても感じました。

・ 7年前息子の幼稚園で保護者仲間と障がい児と親を支えるグループをたちあげました。子どもと悩みをかかえる親を助けるつもりの働きが、子どもたちの生きる力に逆に自らを育てられました。本日の講演でいろいろと学ばされ、また共感できる部分も多く、恵みのひとときをいただきました。ありがとうございました。

【 60代以上男性/3名 】
・ 講師の長年の活動を聞き我々の活動にヒントになるものが多々あった。ありがとうございました。

・ 素晴らしいお話ありがとうございました。大昔、神戸少年の家で数週間ボランティアをした時のことを思い出しました。

・ 非常に興味深い講演であったと思います。東京教区、カトリック多摩教会でも「こどもの里」に対し、継続的な支援が必要と思います。

【 60代女性/9名 】
・ 依存症がほかに依存するものがないからという事実にショックを受けました。今、”自己責任”という言葉に、どれほど多くの傷ついた人々が行き場を失っているか—という現状をベールにおおうための言葉だとわかりました。

・ きれいな目をもつ釜ケ崎の子どもたちの元気な笑い声が聞こえてきそうな時間を過ごさせて頂き感謝です。
 ・子どもたち自身がつくり出す生きる力
 ・生きている場所—大人も子どもも真剣に向かいあっている姿は輝いている
 ・お互い大切な存在であるという事を毎日の生活を通して教えている場所
 どの場面を見ても心がつながっている事を感じさせて頂きました。

・ 映画を観て こどもたちのエネルギーをたくさん感じました。 薬物についての依存の原因がわかりました。かなりショックでした。
 私のできることは?考え中。仕事にも生かしたい。

・ 終戦直後10年間位は、貧困の生活を経験しましたが、今だに、釜ヶ崎のような体験をしいられる子ども達がいることは悲しい。子どもの成長は心身共に健ぜんでなければならないのだから---。政治的貧困もあると思う。

・ 新たに「子育て支援」をできるところから始めることになり準備中です。今日のお話は、本当に核心をついたもので、しかも、実際の現場での心痛む体験も交えて 渾身の力で語って下さりこれ以上の感謝はありません。非常勤で学童にも勤めておりますが、子どもたちの顔を思い浮かべながらこちらの方も多くの示唆をいただきました。

・ よかった。子供の大変さを感じ もう少し知りたいと思う。地域で守っていくということは同感しました。

・ 映画で気づいたことよりもっと濃密でした。やりながら教えられ気づき実行していく力・エネルギーがすごいと思いました。知らないことに甘んじすぎている。

・ シンナーを吸ったり家出する少女たちは、本当は帰りたくない帰れない本当の理由があり、父おやからの性的ぎゃくたいがあるということを知ることが出来ました。政府や行政がいかにマトはずれであり、助けになっていないという本当の現実を知りました。また、子供たちの力、たくましさも分かりました。講演して下さりありがとうございました。

・ 素晴らしいお話を拝聴させて頂きました!ありがとうございました。政治、環境が悪いと言っても改善になり難いと思います。少しでも1人(私)の出来る事をして参りたいと思いました。私の友人も生活保護の方がおられお話を聞くこと!!彼女の心を少しでも聞ける事!!チョットした時間でもと!!考えて実施しております。少しでも良い社会になる事!!を願っております。健康に気をつけられ沢山の子供達の親でいらっしゃって下さい!!ご自愛下さいませ。

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(参考)
・ 「
荘保共子さん講演会のお知らせ

巻頭言:主任司祭 豊島 治「次、いきます」

次、いきます

主任司祭 豊島 治

 「いつくしみ深く 御父のように」というフランシスコ教皇の呼びかけに応えて、ミサの中で聖歌を歌い、過ごしてきた特別聖年を結び、新しい教会の暦のはじまり待降節に入りました。

 多摩教会で聖年のしめくくりとして行った二つの講話の行事は、その「らしさ」を提示したように思います。

 鶴巻神父さまは病気による障碍を振り返って世の中を見つめ直してくださった貴重な視点を的確に話してくださいました。「ノンステップバスといえども、停留所で歩道に寄せて停止してくれないと、歩行困難者が道路におりねばならず、ステップが二つ自分の目の前に立ちふさがってしまう」など相手を思いやれない社会の態度があることなど。無関心の行動を是とする傾向がある一つひとつを挙げて「そこに、いつくしみはあるのでしょうか」。突きつめて「愛という漢字は心をまんなかに受け止めてできている、はたして私たちはどうか」をおっしゃったことで、普段の私たちで実践できる事柄に示唆を与えてくださいました。

 大阪からいらしてくださった荘保共子さんの講話は期待以上の内容でした。社会の雇用の仕組みの変化、昨今増大している一人親による子育て(父子家庭・母子家庭)。経済的なしんどさの広がり、とくに親のしんどさは子どもにつたわるので、本来の子どもの権利が奪われている。だからこの社会に無関心であってはならないというメッセージを膨大なデーターを用いて解説してくださいました。参加者からは、「うすうすかんじていたことが理論的につながりました」と力になった旨が伝えられていました。

 私のカトリック信者としての歩みはたったの40年強ですが、とりまく社会はとても変わったと感じています。
 1960年代は大物の神学者が何人もでてきていて教会にはダイナミズムがありました。1970年代はその流れをうけて日本でも「大バチカン展」や「教皇来日」もありキリスト教会が注目されていきました。1980年代は日本の教会がどうあるべきかを話合いはじめました(福音宣教推進全国会議)。新共同訳聖書が刊行され、聖書を読み分かち合うことが広まったかと思います。1990年代にはある宗教団体が起こした事件があり見直しがあり、2000年代から今では福音をもってする説教や講話が注目されていったような気がします。教会に集う皆さんもその時代その時代に教会と出会い、その雰囲気のなかで信仰生活をはじめられたのだと拝察します。今はネットをはじめメディアの利用が多岐にわたっていて便利になっています。

 でも、そのながれのなかで、何かが減ったような気がするのです、なにかを忘れてきたような感覚があるのです。教皇フランシスコは今回「いつくしみ」という言葉を示されました。彼は伝記を読むとわかるのですが、出身のアルゼンチンで政府や軍隊、暴力的な組織とも正面から対峙し、厳しい現場の中で、苦しみながら変革の道を歩んできた方です。いのちの輝きを意識している方でもあります。自ら実践してきたことを語っているので説得力があります。

 便利な技術が進み、国境を越えてモノや情報が行き来する世の中は、金銭の価値をはじめ社会のありようをかえていきました。そのなかで文化・思想のぶつかり合いがおこり、苦しむ人や不満をもって対立する構造も目立ってきました。さらにそれを刺激的に演説し民意を煽動する人が台頭しています。その過激さのハードルを上げていくなかで、特定の人を苦しみに追いやる政策を行おうとするポピュリズムとよばれる危機がある。そんな今。

 「静けき真夜中 貧しいうまや 神のひとり子は み母の胸に」の聖歌(カトリック聖歌集 111番「しずけき」)の言葉のとおり、愛の源泉にたちかえる準備の待降節に入りたいと思います。

連載コラム:「全ては御手のなかに」 -婚姻の秘跡の更新-

「荒野のオアシス教会を目指して」

一瞬の勇気で、一生の家族!
連載コラム「スローガンの実現に向かって」第71回
「全ては御手のなかに」 -婚姻の秘跡の更新-

関戸・一宮・府中・日野・野猿地区 バルトロメオ 岩藤 大和

 「神が生涯を通して、お二人を守ってくださいますように。そして逆境にあっては慰めを与え、順境にあっては助けとなり、お二人の家庭を祝福で満たしてくださいますように」。司祭の祈りが響いた。「アーメン」と二人は唱和した。10月29日土曜日、多摩教会の夜のミサは終わり、聖堂は静寂に包まれた。間もなく、祭壇の前には豊島主任神父と祭壇奉仕をしてくださるTさん、そして私たち夫婦だけになった。私たちは今年結婚50周年を迎えるので、金婚の祝福を司祭にお願いしていた。それもささやかに質素に行いたいとお願いしていた。

 この日を迎える一年前までは、「やがては巡ってくる50年」で、特別の思いも、何か記念行事をすることなど全く念頭になかった。しかし私は結婚して以降、子供の出産・育児から大人に成長して独立して行くまで、無我夢中で働き、頑張り続け、そして今日を迎えたのだ。今年は私も「シニアの集い」に招待される年になり、今日まで無事過ごせたのは妻をはじめ、実に多くの人々の支えによる賜物だ。この節目に、巣立って行った子供たち家族を招待して「感謝の会」をすることを思い立った。そしてその中のエンターテイメントに、結婚当時から、最近までの50年間を短編動画にして、皆に見てもらうことを思いついた。小中学生になる孫たちに、私たち祖父母の若い頃や、ママの生まれた頃を見るいい機会にしたい。皆どんな顔して見てくれるかも楽しみである。

 私は子供のころから、カメラと撮影が好きで、社会人になって、当時普及していた8ミリ映画を趣味にしていた。押入れに仕舞い込んでいた古い8ミリフィルムを探し出した。ずっと仕舞っていた映写機も動くかどうか心配だったが、多少手入れをしたら、なんと20数年振りに動いた。当時フィルム会社にいた友人が、結婚式・披露宴など撮ってくれていた。それは、モノクロで鮮明さはまるでないし、音声も入ってない。子供の誕生や幼稚園の入園式、マイホームで初めて迎えた新年や、凧揚げ風景など、すっかり忘れていた当時の様子を再現した。音声がないのは寂しいので、各シーンに相応しいBGMを入れることにした。動画編集は週末しかなく、フィルムのデジタル変換、BGMの挿入に週末は深夜にまでかかった。こうしてパソコンで50年を18分で再生できるCD/ROMが出来上がった。

この動画編集を終え、私は言葉に表せない何か胸に迫ってくるものを感じた。50年の大きな時の流れの中に、なんと多くの人に支えられ励まされ歩んできたことか。その支えの中にあって今まで生かされている。ある修道会のR神父の言葉が蘇った。「神から自分に頂いた賜物を、生涯かけて完成させる。生涯かけても完成出来ないほど多くの賜物を頂いている。完成させる場は、職場であったり、台所であったりする」。
いつくしみの特別聖年の今年、私は今も現役を続け、妻は家事とパン焼きを楽しんでいる。離れている家族もそれぞれ平穏に暮らし、孫たちもタケノコのように成長している。
毎日繰り返される普段の生活が「今日こそ神がつくられた日」で、小さな秘蹟の更新だ。全てはいつくしみ深い御父の御手のなかに守られ、主が共に居てくださるオアシスだったのだ。

11月:「初金家族の会」からのお知らせ(次回は12/2・金)

「初金家族の会」からのお知らせ

 11月4日、聖カロロ・ボロメオ司教の記念日の初金ミサで豊島神父様は、「ボロメオ司教は人々の救霊のために多くの働きをされたが、特に病者、貧者のために尽くされました。《苦しみの多い世の中であればこそ、神と出会う機会》という精神を、ヨハネ・パウロ二世も、今のフランシスコ教皇様も受け継がれています」と話されました。

 続いての初金家族の会では、NHKテレビ番組・新日本風土記、「長崎の教会」を視聴しました。
 キリシタン迫害のもとに殉教した祖先の信仰を守る長崎の信徒達の日常生活、人生の節目を共にする教会、自分たちの希望、自分たちの手で作り上げてきた教会、司祭を目指して学ぶ若者たちをみんなで育てる雰囲気などを伝えた番組を見て、うちの教会、うちの神父様という長崎の信徒たちの心意気や、暮らしと共にある教会の姿に感銘を受けたとの声が出ました。

 次回、12月2日(金)には、波多野直子さんが聖堂でクリスマスの曲を演奏してくださる予定です。
 初金ミサのあと、おひるまでご一緒にお茶を飲みながら、様々な話題のやりとりでお互いに信仰を深めあう集い、「初金家族の会」にぜひどうぞ。

講演会:荘保共子さん


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11月20日(日)
😄 多摩教会で
講演会を行います 😄

講師は、
ドキュメンタリー映画
「さとにきたらええやん」
舞台になった「こどもの里」の開設者であり、理事長の
荘保共子(しょうほ ともこ)さん(略歴)です。

大阪市西成区釜ヶ崎の「こどもの里」。
「日雇い労働者の街」と呼ばれてきたこの土地で、
荘保さんは、38年の長きにわたり、多くの子どもたち、そして
その子どもたちを取り巻く大人たちと関わってこられました。
その豊かなご経験から、さまざまに語っていただきます。

時間:14時30分~

*** 入場無料 ***

会場:カトリック多摩教会 簡易地図Google Map
東京都多摩市聖ヶ丘1-30-2
042-374-8668
公共輸送機関でご来場ください近隣駐車場

主催:多摩東宣教協力体(カトリック)

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講演会に先立ち、
13日(日)には、
映画
「さとにきたらええやん」
上映会を行います。(無料)
上映は、13時からと、15時からの2回。
ぜひ、併せてご参加ください。
お待ちしております。(> ご案内のページ

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==荘保共子さん プロフィール==
 兵庫県宝塚市で育つ。聖心女子大学卒業後、教会の青年活動の中で釜ヶ崎の子どもたちと出会う。
 1977年、学童保育「こどもの広場」を開設、1980年、西成警察南横に移設し「こどもの里」と改称。子どもの遊び場と生活の場を軸に、大阪市留守家庭児童対策事業、大阪市地域子育て支援拠点事業、小規模住居型児童養育事業「こどもの里ファミリーホーム」、児童自立生活援助事業(自立援助ホーム)、生活・子育て相談・緊急一時保護・宿泊事業、エンパワメント事業、虐待防止・貧困対策等の自主事業に取り組む。
 1986年度より毎年1月~3月の毎土曜日、野宿者を訪問する「こども夜まわり」を開催。釜ヶ崎の子どもの人権擁護に7名の専従スタッフとボランティアと共に取り組み現在に至る。
 西成区要保護児童対策地域協議会今宮中学校区座長。わが町にしなり子育てネット代表。里親。
 子どもの権利条約関西ネットワーク副代表。一般社団法人「ホームレス問題の授業づくり全国ネット」理事。一般社団法人日本ファミリーホーム協議会近畿ブロック代表。
 2015年度より「特定非営利活動法人 こどもの里」理事長。

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【ご参考】(以下それぞれ、クリックで該当ページにジャンプします)
映画『さとにきたらええやん』公式サイト
巻頭言:主任司祭 豊島 治「おわりにあたって、はじめます」(「多摩カトリックニューズ」10月号)

大阪・西成 こどもの里(その1)つながる力、支えに(「毎日新聞」2016年10月16日 東京朝刊)
大阪・西成 こどもの里(その2)「安心できる居場所」(「毎日新聞」2016年10月16日 東京朝刊)

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「子どもたちから学び、子どもたちと共に生きる」(おおさか人権情報誌そうぞうNo.32このひと 2016/8/12)
「こどもの里」巣立った大学生が抱く「夢」(日テレNEWS24 / 2016/2/4 20:35)
「西成で出会った人たち」(大阪ロータリークラブ/卓話/2007/3/9)

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映画『さとにきたらええやん』(Official Facebook)
映画『さとにきたらええやん』(Official Twitter)
予告編:映画『さとにきたらええやん』(YouTube)
・ 作品情報〔「さとにきたらええやん」(Yahoo!映画)「さとにきたらええやん」(映画.com)〕など