巻頭言:主任司祭 豊島 治「むかいます」

むかいます

主任司祭 豊島 治

 梅雨明けの宣言があってから、暑くなりました。この連休は気象庁も注意をよびかけるほど気温が高いことが報道されています。毎年「異常気象」として天気予報を聞いていますが、慣れてしまって、異常と聞いても緊急性を感じなくなってしまうことがあるかもしれません。水分補給・気温確認しましょう。異常は異状に至ります。

 西日本を中心とした豪雨のあった金曜日、私はカリタスジャパンの役目として広尾にいました。そこで、「大雨特別警報」が、兵庫、広島、岡山、鳥取、福岡、佐賀、長崎、京都、岐阜に出されたことを知りました。この「大雨特別警報」は、50年に一度のレベルの降水量が予想されるときに出されるものですから、こんなに多くの地域にまたがっているのは記憶にないと思いました。タブレットを取り出し、雨雲情報を見ながら様子を見ていました。自治体も避難勧告・指示を出しましたが、被害は甚大なものとなりました。
 今回土砂くずれによって孤立化した地域に、私は以前行ったことがあります。住民の方のひとりはこの土地は脆弱であることはわかっている。しかし現に造成され、売り出された近くには高速道路、そして安い。ここしかなかったのだと話してくださいました。

 報道される光景や内容に動揺してしまい、あわてて自分の行動内容を決める前に、教皇さまの回勅『ラウダート・シ -ともに暮らす家を大切に-』を一読してはいかがでしょう。
 私の心に響いた箇所は13項でした(引用文中の『』は私が挿入しました)

(13) 「皆がともに暮らす家を保護するという切迫した課題は、人類家族全体を一つにし、持続可能で全人的(インテグラル)な発展を追求する関心を含意しています。というのは、物事は変わりうると、わたしたちは知っているからです。創造主は決してわたしたちをお見捨てになりません。神は決してご自身の愛する計画を放棄したり、わたしたちをお造りになったことを後悔したりなさいません。人類はまだ、皆がともに暮らす家を建設するために一緒に働く能力をもっています。わたしはここで、わたしたちが共住する家をしっかりと守るために無数のしかたで奮闘しているすべての人をたたえ、励まし、感謝したく思います。『環境悪化が世界のもっとも貧しい人々の生活にもたらす悲惨な結果』の解決策を精力的に探る人々は、格別の謝意に値します。若者たちは変化を求めます。環境危機と排除された人々の苦しみとを考えずに、いったいだれがよりよい未来を建設していると主張することができるのか(後略)」(1)

 地球の気候変動、温暖化に真剣に向き合わないと、自然災害は大きくなるばかりだと思います。今、現場で向き合い乗り越えていこうとしている人たちを、まず祈りで支えましょう。カトリック中央協議会のHPに東日本大震災被災者のための祈りがあります。東日本大震災の被災者に向けて祈ったのち、ご自身で言葉を替えて、西日本各地の被災者のために祈ることができると思います。

あわれみ深い神さま、
あなたはどんな時にも私たちから離れることなく、
喜びや悲しみを共にして下さいます。
今回の大震災によって苦しむ人々のために
あなたの助けと励ましを与えて下さい。
私たちもその人たちのために犠牲をささげ、祈り続けます。
そして、一日も早く、安心して暮らせる日が来ますように。
また、この震災で亡くなられたすべての人々が
あなたのもとで安らかに憩うことができますように。
主キリストによって。アーメン。
母であるマリアさま、どうか私たちのためにお祈りください。
アーメン。(2)

 カリタスジャパンは、西日本豪雨被災地のための募金を10日に開始しました。多摩教会では22日までの間、受け付けることにします。直接の送金を検討されている方は、HPで参照ください(3)

 被災地のまわりで起こる窮状を聞いてうなだれるとき、晴佐久神父さまの著書、『恐れるな』の一文も示唆をあたえてくださいます。

「私たちはすでに『私はある』という方、イエス・キリストという印籠を持っています。一日生きていれば10や20の悪に出あいますし、悪は自分の中にも住んでいて、あれこれ悪さをする。私たちを恐れさせ、怯えさせる力として働きます。(中略)
 被災地に来て、こう語るのは勇気のいることです。しかし、私は語る使命があると思っています。まず、『私はある』という方を信じて、この方は善だから私たちは救われる、いやもう救われていると信じなければ、悪という恐れに負けてしまいます。信じることからすべてが始まります。神の創造の業に私たちが寄与するのはそんな瞬間です。信じようと思った瞬間に、とてつもなくすばらしいことが起きます」(4)

 暑さで体力消耗する期間です。身体をいたわりつつ、真実を探求しながら信じる方を向いてこの夏をこえましょう。

 *多摩市のハザードマップによると多摩教会周辺は乞田川があるため最大1メートルの浸水の予想がついています。教会建物はそれよりも上にあります、地下には雨水タンク・自動排水ポンプがあり、作動点検しています。
 また、本文中に紹介した本2種類は、教会売店にあります。
 


(1) 教皇フランシスコ『回勅 ラウダート・シ』瀬本正之・吉川まみ訳(カトリック中央協議会、2016年)13項を参照
(2) 東日本大震災被災者のための祈り」カトリック中央協議会事務局長 前田万葉(2011年4月20日)
(3) 西日本豪雨災害 緊急救援募金、受付を開始しました」カリタスジャパン(2018年7月10日)
(4) 晴佐久昌英『恐れるな』(日本基督教団出版局、2012年)39-40頁を参照

連載コラム:「音楽の力、信じます」

人生の旅をいっしょに
= ウエルカムのサインをあなたからあなたに =
連載コラム「スローガンの実現に向かって」第89回
音楽の力、信じます

稲城・川崎地区 小俣 浩之

 昨年末、フランスのリヨンでクリスマスに夜半のミサに与りました。ヨーロッパの教会でミサに与るのは久しぶりのことでしたが、オルガンの優しい旋律と色彩豊かな音色が聖堂に響き渡り、心が研ぎ澄まされて、神様がすぐそばにいらっしゃるのを、とても強く感じました。神様を賛美する気持ちを込めて、こんなふうにお祈りを豊かにしてくれるオルガンが弾けたらいいなと思いました。

 私が多摩教会でオルガン奉仕を始めたのは、まだ多摩教会の仮聖堂(いまの信徒館1階)時代のことです。そこには古いエレクトーンが置いてありました。新聖堂の工事が始まって完成が近づいてきた頃、新しい聖堂に据えられた新しいオルガンを羨むかのように、そのエレクトーンは壊れて音が出なくなってしまいました。そのときは急遽、代替として、多摩教会黎明期に使われていた足踏み式オルガンでミサのオルガンを弾く、ということになりました。電気ではなく人の足で空気が送り込まれるオルガンは、演奏中、常にペダルで空気を送り込み続けなければ音が鳴りませんが、それはそれで人間味のある味わい深いものでした。
 2000年の大聖年の年、聖堂完成と共に設置されたいまのオルガンは、ロジャースという米国のメーカーの教会オルガンです。ロジャース社は、電子式とパイプ式を融合させたオルガンを製作したことで有名になった会社です。そのロジャースのオルガンを導入するからには、スピーカーではなくパイプから音を出す仕様にしたかったようですが、聖堂建設当時、予算の都合上、削られてしまったとのことです。でもこのオルガンは、電子楽器でありながら弾き手の心を伝えられるいい楽器だと思っています。

 祭壇を美しい花で飾るように、日の光で輝くステンドグラスのように、荘厳な香の薫りが聖堂いっぱいに広がるように、私は美しい音楽で聖堂を満たしたい。いつもそういう想いで、オルガンを弾いてきました。言葉で伝えられない想いを、私は音楽を通して神様に伝えたい。美しい旋律や響きを通して、神様に触れることのできる力が、音楽にはあります。
 先日、多摩教会聖堂のイコンをお書きになったシスター内海の講話がありましたが、シスターは「神様の手」でイコンを書いている、と仰っていました。単に自分がイコンを書いているのではなく(神様と祈ることを通じて)神様に書かされている、という趣旨でした。
 私は作曲するときもオルガンを弾いているときも、神様が私を通して曲を書いている、神様が私の手を使って音楽を奏でている、と感じる瞬間があります。そうした瞬間、神様に至る一直線のパイプが、音楽を介して私から神様にじかにつながっているのを感じます。
 野に咲く花を見ると、神様の素晴らしい御業を感じるように、素晴らしい音楽を通して、やはり神様の御業を感じることができます。そういう音楽の力、私は信じます。その想いを込めてオルガンを弾いています。

※ミサに与ったノートルダム・ド・フルヴィエール教会

7月:「初金家族の会」からのお知らせ

「初金家族の会」からのお知らせ

 例年になく早い梅雨明け宣言のあと、梅雨のような雨の降る7月の初金でした。
 初金ミサでの豊島神父さまのお話は、「7月は御心のミサととらえるべきもので、神の温かい心に包まれていることを感じ取ることが大切です。不完全なわたくしたちは、病気のとき、原因を求めて敗北感にとらわれます。その根源は恐れに行き着きます。恐れは愛と対峙するもので、天国の愛を知るために、地上でも実現しなければならぬものは、恐れの克服です。外国人就労のへの対応では、知らないことによる恐れが共に歩むことを妨げています。
 死を迎えるときも、恐れは天国への道を妨げます。恐怖を克服したとき、希望に満ちた天国を感じることができます。その天国を感じる練習期間として日常をとらえ、怠りなくすごす努力が必要です。どれだけ人を赦し、助け、人のために祈ったか自省し、その力をくださる御聖体に感謝しましょう」と、少し厳しいものを含んでいました。

 今回の初金家族の会では、道官芳郎さんに、「俳句に詠まれたキリスト教」との題でお話をいただきました。
 明治初期俳諧から俳句へ子規のリード発展した状況の話があり、次いで、クリスチャンの俳人中村草田男の作品、前田枢機卿の句、キリスト教の神、聖歌、復活祭、巡礼などに関連する30句ほどの解説していただきました。
 素晴らしい解説で、十七文字の単なる文字列より、立体的な情景、音までも聞こえてきそうな、イメージを聴く者の心に展開できできたのではないかと思います。優れた作者は優れた選者であるとのことでしたが、優れた解説者、評論家でもありました。教会行事、巡礼の添付写真などに一句付け加えれば、一層深く分かち合うことのできるための有力な手段ともなるのではないかと思われます。

 「初金家族の会」8月はお休みで、次回は9月7日(金)、卓話は企画中です。
 「初金家族の会」は、初金ミサの後、信徒会館で貴重な体験を分かち合い、信仰の絆を深め合う一時間程度の集いです。皆様、どうぞお気軽にお立ち寄り下さい。
 初金家族の会は、初金ミサの後、11時ごろから開催の予定です。

7/1(日)講話:シスター内海郁子

20180701
7月1日(日)、10時からのミサの後、講話があります。
 この講話シリーズでは、通常の入門講座の時間に、外部から司祭・修道者をお招きし、経験・霊性に導かれたお話をお聴きします。
 入門講座受講中の方も、卒業された方も、ぜひ聞いて、知って、力にしてください。
 どなたでもご参加いただけます。41-025

 今回は、エルサレム修道会から、イコン制作をなさっているシスター内海郁子をお迎えします。
 多摩教会の聖母のイコンは、シスター内海の作品で、多摩教会保護の聖人であるコルベ神父さまの聖遺物のある祭壇側に置かれています。
 聖母マリアを心から尊敬していたコルベ神父さまの気持ちを思うと、神の計らいを感じます。
 一人ひとりを見守る聖母の目線を、シスターから伺いましょう。
 皆さまのご参加を、心からお待ちしております。

41-025icons💠 講 話 💠
講 話: シスター 内海郁子
演 題:「聖画・イコンについて」
日 時: 2018年7月1日(日)11時15分から12時くらいまで
場 所: カトリック多摩教会 聖堂
= 無 料*申込不要 =

多摩教会のイコン「印(しるし)の聖母」
 両手を挙げて祈る像は、カタコンベなどに、すでに描かれており、とても古い題材です。
 神の母の胎に位置するメダイは、その宿った方の神性で満ち、彼は両手で、自らつくった被造物を祝福しています。
 人差し指と中指は神性と人性、後の三本で、父・子・聖霊を表しています。
 乙女は仲介者、贖いの協力者として、私たちの願い、賛美などを、両手を広げて、父なる神と、子なる神に取り次いでいます。
 この聖像画は、ひと言で表すなら、イザヤ書7章14節と9章5~6節を、見える形にしたものです。

41-025💠 参 考 💠
🔸イザヤ書7章14節
 それゆえ、わたしの主が御自ら、あなたたちにしるしを与えられる。見よ、おとめが身ごもって、男の子を産み、その名をインマヌエルと呼ぶ。

🔸イザヤ書9章5~6節
 ひとりのみどりごがわたしたちのために生まれた。ひとりの男の子がわたしたちに与えられた。権威が彼の肩にある。その名は、「驚くべき指導者、力ある神、永遠の父、平和の君」と唱えられる。ダビデの王座とその王国に権威は増し、平和は絶えることがない。王国は正義と恵みの業によって、今もそしてとこしえに、立てられ支えられる。万軍の主の熱意がこれを成し遂げる。

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多摩教会への交通アクセス Google Map
教会簡易地図ペイント作成-2015ここナツ用-500

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遠方からお越しの方、
ご体調の関係で、車のご利用を考えておられる方は、
以下の近隣駐車場をご利用ください。

(クリックで拡大表示)

巻頭言:主任司祭 豊島 治「認めます」

認めます

主任司祭 豊島 治

 梅雨にはいり、当然ながら雨の降りしきる日々をすごしています。外に出て活動できない塞いだ気持ちを和ませてくれる神さまの被造物のひとつに「紫陽花」の存在があります。
 雨のなか、濡れて輝き存在感をしめすその花には、「この一日も素晴らしい日」という神さまのメッセージを感じます。多摩教会の構内に紫陽花はありませんでしたので、日常の風景から探して愛でることをお勧めします。

 梅雨にはいる前後のニュースは、外交のイベントと併せて悲惨なものもありました。新幹線内殺傷事件については衝撃・恐怖が広がり、世論ではセキュリティ問題も取り上げられました。MXTVの事件後調査ですが、新幹線乗車前のセキュリティチェック実施の是か非かのアンケートでは、全乗客に対して実施が810人、ランダムでの実施が732人、必要なしが654人というのです。大きな事件ですし、自分の身にふりかかることを想像してみると、環境整備しセキュリティを厳しくしてみるという意見もわかります。
 ただ、加えてその後の報道各社の取材で人物像が浮かび上がってきましたが、注意をひいたのは、加害者とされる人の心情にあった「自分が何故生きているかわからない」というものでした。母親による「あの子は自殺はあっても、他殺は考えられなかった」というコメントの入った続報も、生きていることへの絶望感が伝わってくる内容でした。
 本人は経済的貧困のなかにいませんでしたし、家族関係の問題も祖父母と養子の関係を新たに構築しており、お金ない・家がないという問題に対しての社会的システム対策は行っていたのですが、それでも「生まれし それ故生きる」という根本の充実感には至らず、「消えてしまいたい」という心情吐露になったということでした。

 「生まれし それ故生きる」という意欲は、存在価値を感じられるかどうかだといいます。それは私たちにとっても同じで大切です。インターネットで自分を発信して、そのコメントを得る機能(例えばSNS)が利用されているのをみると、存在価値を繰り返し感じていないと誰もがひとりでいられない気持ちを持っていることがわかります。よく使われる、アイデンティティを「自分が自信をもっていること&自分のよりどころ」と定義するなら、アイデンティティの構築は、自分以外との関わりと評価によって成るのでしょう。私たちは、モラルだけで全行動を制御できるほど完全ではありません。「自分の存在を認めてくれる方・家族・仕事・人を失いたくはない」という気持ちも持っているので、お互いのいのちを大切にします。
 私たちキリスト者は、神さまによる「(すべてをご覧になって)きわめて善かった」(フランシスコ会訳)という創造のときのことばと、「あなたは、わたしの愛する子」ということばをはじめとして、自分を見つめていきます。ミサの中で呼びかけられるみことばと聖体とで、はじめの関わりを確認できます。そして、派遣された場で、自分のペースでその先を構築します。

 一助になるかはわかりませんが、6月17日には拡大入門講座を実施に「被災地の心のケア」として傾聴を実践してきたシスター丸森から当時の様子と感じたことをうかがいます。
 また、7月7日には、東京カテドラルで「(国籍をこえて)人々が出会うために」というShare the Journey東京アクションの企画が行われ、私も実行委員の一人で企画しています。詳しくはチラシ、またはカリタスジャパンのホームページ( https://www.caritas.jp/wp-content/uploads/2018/05/tokyo1807.pdf )でご確認ください。
 このアクションデーのあとに、本企画と連動した多摩教会として実施したリーチアウトフォト(reach out = 手を差し伸べる)を公開したいと思っています。

 紫陽花は、次のシーズンの花芽を守るため、花が咲いたらできるだけ早めに花の部分を取るものだと、昔世話になったシスターから教わりました。今の社会が求めているものの一つに、自分の存在を認める欲求があることも気にしながら、今のことが終わったら、次の神様のすばらしさを見つける一歩をはじめて、その繰り返しをしながら自分自身を手入れしていきましょう。

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6月:「初金家族の会」からのお知らせ

「初金家族の会」からのお知らせ

 6月1日の初金は、聖ユスチノの記念日。豊島神父様は聖ユスチノについて次のように話された。
 「ユスチノは、多くの宗教家などより見聞きしたものを心にとどめ、見直し、祈りの中で聖霊に導かれ多くの書物を残した。その考えの基本は『聖体と御血』を重要視したものであり、現在にも未来にも通ずるキリスト教の教理と実践の基礎となるものへと導いた。
 6月は司祭の月でもあるが、司祭はいろいろストレスに曝らされる場面も多い。そのため神との対話、祈りにより対応する必要がある。祈りとは情報を単なる知見から、生きる喜びに転換、高めることであり、神の愛を感じるのもこの時である。この愛と希望の提案をご聖体のうちに求めたいと思う」

 初金家族の会では、3月に豊後・平戸・生月島巡礼旅行に参加された中嶋誠さんのお話を聞いた。大分県関連では、多くの史跡があり、布教活動が活発に行われていたが、信仰の伝承が途絶えたことなどが紹介された。この地で功績を残した不遇の宣教者L.Deアルメイダに言及し、西洋の医療技術を持ち込み、日本最初の病院の開設と布教をしたこと、55歳まで叙階できなかったが、不屈の意思で1万人近い人々に洗礼を授けたことなど、感銘深い話であった。提供された資料はA4で20ページ及ぶもので、当時のキリスト教の宣教事情を知るため非常に参考になった。また、松原睦さんが準備された「南蛮貿易年表」も添付され、充実していた。

 「初金家族の会」は初金ミサの後、信徒会館で貴重な体験を披露、分かち合い、信仰を語り合う、信仰家族の絆を深め合う楽しい会です。
 7月は道官芳郎さん(俳人協会会員)に「俳句に詠まれたキリスト教」というテーマでお話いただきます。多数の方の参加をお願いします。

巻頭言:主任司祭 豊島 治「重ねます」

重ねます

主任司祭 豊島 治

 梅雨入りを意識させるこの時期にしては気温の高さにおどろく身体をいたわりながら、聖母月(5月)からみこころの月(6月)へと教会の暦はすすんでいきます。
 今年から聖霊降臨の主日の翌月曜日が「教会の母マリア」を記念する日として定められました。今年は5月21日月曜日です。当日多摩教会聖堂でのミサはありませんが、その他のところでミサに赴く方は、すでに発行されている毎日のミサの内容が変更されていますので、中央協議会のホームページから差し替え箇所を確認ください。

 多摩教会としての5月から6月は、「備えの時期」ともいえる感覚があります。キリストの聖体(今年は6月3日)では7人が初聖体をうけるための勉強をしていますし、多摩教会の構内を使ってのバザー(10月21日)も準備がはじまっています。郊外の黙想の家での研修や子ども達の合宿の企画もはじまるときいています。

 教会の母マリアの記念について「マリアはキリストを生み育てキリストが十字架の死の前にあがなわれた人々の母とされた。」というパウロ6世教皇のことばをもって受け止められ、今年のルルドの聖母(2月11日)に記念する旨が発表されたものです。
 新しいでも通例のことでも始め時は高揚することもあれば、不安もついてまわります。同時に準備を進める過程のなかで思い通りに行かない事に対して、大なり小なりの「痛さ」を持つこともあるでしょう。教会の母としてマリアを記念に据えたことは、わたしたちのそうした気持ちを受け止めささげてくださること、そして広い意味で恩寵へと行き着く先を示してくださっていることになります。

 6月3日は初聖体が行われますが、同時に星野正道神父様の主司式によるものです。星野神父様は1993年3月の叙階ですので、司祭叙階から25年の銀祝の年になります。瀬田にあったアントニオ神学校卒業しての叙階ですので、教区司祭と異なる要請を歩んでこられています。それゆえ霊性も豊かさをもっておられることは感じられている方もおられるでしょう。2006年から2008年まで多摩教会協力司祭として主任司祭のもとで助けをいただきました。
 私は、神学校3年目のとき、教区神学生の黙想会で星野神父様の指導をいただきました。そのときの「自分の今の生活とその先の生涯をキリストの生涯と合わせてみなさい」という言葉が今も残っています。司祭というのは、はかりしれない大きな恩寵に向かいながら、苦悩で眠れない日々の疲れを感じながら、キリストの生涯と関われることを喜びとし、また福音を携えて前進するものと感じています。25年の歳月のあいだ、神父様に与えられた神の関わりの祝いを私たちはミサ後のパーティで表す機会をもちますが、現在、星野神父様のこれからを祈る霊的花束も募っています。聖堂エントランスホールにある用紙をお使い下さい。

 6月17日は被災地の活動をなされているシスター丸森をお招きして、拡大入門講座を行います。拡大入門講座とは通常の主任司祭の講座にかわって、修道者・司祭を招いて経験や霊性に導かれた「証し」をうかがうものです。入門講座を卒業された方も参加をおすすめします。
 シスターは福島県内の教会関係と連携して被災地の心のケアの一環である傾聴を実践されました。わたしたちは関わりなくしては自分を肯定することもできませんし、その会話というのは重要な役目をはたしているのですが、「聞く」という助けは被災地の人をはじめ、喪失感と向き合っていた方々とはどうであったのかの様子を聞ければとおもいます。詳しくはホームページまたはエントランスにあるちらしをご覧下さい。

 神様の想いは愛に満ちていると同時にはかり難いもの。その事柄に心をあわせて生涯を歩んだマリアの姿に倣うために、するべきことを積み重ねながら、み言葉をしっかり受けなおす時期にいたしましょう。

連載コラム:「第7回チャリティ・コンサートを終えて」

人生の旅をいっしょに
= ウエルカムのサインをあなたからあなたに =
連載コラム「スローガンの実現に向かって」第88回
第7回チャリティ・コンサートを終えて

崔 承埈(チェ・スジュン)

 輝かしい新緑と美しいギターの音色、毎年GW連休の始まりを飾るチャリティコンサートを今年も大盛況のうちに終えることが出来ました。震災の年2011年に、元々日本にコンサートの予定があったキム・ソンジンさんが震災直後、被害者の為に何か役に立ちたいと自ら申し入れがあり、チャリティコンサートを行ったのが原点です。
 まだ記憶に新しい震災直後の5月は余震が続き、福島原発も予断を許さない状況であった為、多くの外資系企業が従業員を東京から避難させ、予定されていたコンサート等もアーティストの来日キャンセルが相次ぎましたが、キムさんは潔く来日を決断してくれました。
 今年に至るまで合計7回のチャリティコンサートを通じて、被災地を思いやる気持ちはもちろん、通訳の要らない共通言語としての音楽の素晴らしさを伝えてくれています。挨拶や曲の解説は通訳を介さないと通じない。しかし演奏が始まると国、言語、人種の壁は消える。この当たり前のようで不思議なことは、きっと神様の御業だと思います。

韓国でもキムさんの趣旨に賛同する音楽の仲間が増え、今年はヴァイオリンとクラリネットも加わり、いつも以上に華やかで迫力のある音楽を楽しむことが出来ました。ギターは独奏楽器としても素晴らしいですが、今回のようなギター五重奏、ヴァイオリン、クラリネットとのアンサンブルにおいても主演と助演をしっかりつとめ、様々なジャンルを消化できるオールマイティーな楽器であったこともとても興味深かったです。
 『愛の挨拶』の美しい旋律で始まり、『アヴェ・マリア』、ジブリのお馴染みの温かいメロディ、情熱的なタンゴ、『死の舞踏』、『オペラ座の怪人』といった大曲まで、誰もが楽しめる選曲も素晴らしかったです。全ての曲のアレンジを行った音楽監督のジョンさんは聞き手に臨場感を感じさせることがひとつの編曲ポイントとのことで、曲の主要メロディが偏ることなく、色々な人と楽器に分散されることによって演奏に立体感を与えているそうです。
 韓国の演奏者たちと日本の聖歌隊による合奏も大変感動しました。いつかクリスマス・コンサートとして開催し、キャロルともっと沢山の曲を合奏出来ればと思います。キムさんが1回目以降一貫して伝い続けてきたメッセージ、「音楽を通じて被害を受け苦しんでいる人々を思いやる」を今後も実践していきます。

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