1967年、都内より引越してきた頃の聖蹟桜ヶ丘駅は踏切を渡って電車に乗る小さな駅でした。さて教会は何処が近いかしらと解らず、今まで通り上野毛教会に通って居りましたところ、北村氏、故八巻氏、今は転出された武井氏等の方々がご奔走下さり多摩の信徒百数十名に声をかけて下さり、聖蹟記念館の境内に集まり、白柳大司教様、寺西神父様そして多勢の神父様方もご参列下さって盛大なミサが行われました。
聖母被昇天大祝日、そして多摩教会誕生のためでした。こうして多摩教会は建物はまだ無いながらスタートしたのです。「荒野に旅する教会」は多摩の各地区を毎週、回って下さいました。そして降誕祭、復活祭、被昇天祭等の大祝日は農協ホールを借りました。だんだん人数が殖え、一間の家、マンション2間の教会、マンション2室の教会、と旅する教会はだんだんと広くなってきました。そのために皆で積立貯金、教会債券の発行とコツコツ努力してきました。でも、時には皆で高尾山に行ったり、尾瀬沼、至仏山登りなど楽しい思い出もあります。
そして旅は続き、「聖ケ丘」の現在地に辿り着きました。私はここ、オアシスに着いてホッとしました。仮聖堂が建ち、軽食を各地区交替で作るのもお仲間と和気あいあい楽しく作りました。いよいよ聖堂工事、そして大聖年の2000年に献堂式。
宮下神父様にはお世話さまになりました。ご招待状を皆で書いて。当日は快晴の日で白柳大司教様はじめ聖職者の方々、お世話になった関係者の皆様方がお忙しい中を集まって下さり、盛大な献堂式、5月14日でした。階段一杯に並んで撮った記念写真の一同の明るい晴やかな笑顔。友人達と並んだ私も嬉しそうな顔で撮れて居ます。
コツコツと努力の旅、今は落着きました。当然の事ながら私は老婆となりヨタヨタと歩んで日曜日、有難くミサに与かり友人との語らいを楽しむだけで、何もお手伝いも出来ず、オアシスの広場でどんどん成長する可愛いい子供さん達を眺めたり、きびきびした若い方々を頼もしく眺めて居ります。
心より神に感謝。
連載コラム
松本 和子