10月:「初金家族の会」からのお知らせ

「初金家族の会」からのお知らせ

 すっきりした秋晴れとならないうちに、10月の初金の日を迎えました。豊島神父さまはミサの説教で、「近々の嵐により、多摩教会も被害を受けました。気象変動の結果、今後もこのような災害が、各地で発生することが予想されます。神様が私たちを拒んでいるのとかと考えてしまいますが、逆に、私たちが神を拒んでいないか反省する必要があります。悪魔は神と私たちを引き離そうと働きます。教皇様がロザリオの祈りを唱えることを呼びかけています。神から引き離そうとする悪魔からの保護を、聖母と、大天使聖ミカエルに祈りましょう。偶然ですが、10月にミカエル鶴巻神父が多摩教会に来訪、講話の予定です。
 神様の目線に合わせ、災害に遭わずに幸せだと考えるのではなく、人の力の及ばない困難な時、被災者、声をあげられない弱い立場の人に何ができるか考えるのが、神様を拒まずに繋がっていくことになるのです」と話され、共同祈願として、「困難な時、正しい方向に導いてください」との思いを込め、福者ペトロ岐部の取り次ぎを願う祈りとなりました。

 初金家族の会では、井上信一さんより、教皇フランシスコの言葉として、カテキズムを改訂し、「死刑は容認できない」との立場を明確にしたことを、カトリック新聞の記事など10ぺージの資料で説明がありました。そのあと、参加者からの質疑応答討論で、「教皇様の言葉に共感できるが、日本では80%の人が死刑制度の存続を容認している。これは、『凶悪犯罪の防止』『被害者感情の癒やし』『死をもって罪を償う』『因果応報』などの意識によると推察される」と、また、今回オウム真理教関連者13名の死刑執行について、人命とその尊厳に関連し、批判がありました。
 この逆の事例として、1970年のよど号ハイジャック事件が思い出されます。人の命は地球より重いとする人命原理主義ともいえる声もあってか、超法規的処置、高額な身代金での収拾となり、人命を危険にさらす強行処置を採用している欧米より、テロの拡散幇助との批判がありました。「地球より重い命」、ことわざ「罪を憎んで人を憎まず」(論語由来)などの言葉が生きていれば、教皇様の言葉は深く重い言葉として、日本に浸透するのではないでしょうか。
 今回の話し合いで、極刑に関するカテキズム2267について理解を分かち合い、深めることができました。

 初金家族の会、次回11月は、2日の金曜日、ミサの後、午前11時頃から1時間ほど信徒会館で行われます。中島誠さんに、「中東の実地ビジネスで経験した多様性-情報ギャップ、行動ギャップ、文化、社会の違いによる感性、問題意識のギャップ」について話していただきます。多様性を具体的に理解する参考なればと企画しました。皆様に参加していただき、皆で話し合い、分かち合うことを期待しています。多数の皆様の参加をお願いします。
 「初金家族の会」は、初金ミサの後、貴重な体験を披露し、分かち合い、信仰を語り合う、信仰家族の絆を深め合う楽しい会です。皆様どうぞお気軽にお立ち寄りください。