先月のニューズで、2010年度の多摩教会のスローガンである「砂漠のオアシスとなる教会をめざして」に関して、「オアシスに行ったことがある人はそう多くはないだろう、もちろんわたしもそうだ」というようなことを書きましたが、なんと早速、本物のオアシスに行くという偶然に恵まれました。このたびの聖地巡礼旅行の途中、聖書の町エリコに寄ったのですが、そこは実は古代からのオアシスの町だったのです。聖地が荒れ野であるとは知っていましたが、そこに本物のオアシスがあるとは思っていなかったので驚かされましたが、期せずして大変良い黙想の機会となりました。
エリコはその温暖な気候と豊富な水のために古くから栄えた町で、紀元前7800年ころに人が住んでいたという遺跡があり、城壁を持つ世界最古の町とも言われています。海抜下260メートルにあって、世界で最も低い所にある町としても有名です。
緑豊かなガリラヤ地方からエルサレムを目指して南下していくと、乾燥して白茶けた荒野が延々と続きますが、エルサレムまであと25キロというところで、忽然と緑の町エリコが現れます。椰子の木が茂り、色とりどりの花も咲いて、それはまさに荒れ野のオアシスそのものでした。そこからは高地のエルサレムまでほとんど上り坂ですから、旅人は必ずこのエリコで休んだことでしょう。現在はパレスチナ自治区ですが、観光に力を入れているとのことで、街の入り口にカジノつきの壮麗なリゾートホテルを建設中でした。要するにこの町は、1万年前から今に至るまでリゾートだったというわけです。
イエスもエルサレムに向う途中、エリコに立ち寄っています。そのとき、イエスがエリコの町に入ろうとすると、道端の盲人が「わたしを憐れんでください」と叫び、「主よ、目が見えるようになりたいのです」と願います。イエスは言いました。「見えるようになれ。あなたの信仰があなたを救った。」盲人はたちまち見えるようになり、神をほめたたえてイエスに従います。(ルカ18・35-43参照)この幸いな盲人は、開いた目で、美しいオアシスの町エリコをどのような思いで眺めたことでしょうか。
そうしてエリコの町に入ると、罪人と言われていた徴税人の頭で、金持ちのザアカイという名の男が、イエスを一目見ようといちじく桑の木に登りました。イエスはその下まで来ると、ザアカイに声をかけます。「ザアカイ、急いで降りて来なさい。今日は、ぜひあなたの家に泊まりたい。」ザアカイは木から飛び降り、喜んでイエスを家に迎えました。おそらくご馳走を並べたことでしょう。人々は「あんな罪人の家に泊まった」と非難しますが、イエスは言います。「今日、救いがこの家を訪れた。わたしは、失われたものを捜して救うために来たのである。」、と。(ルカ19・1-10参照)現在もエリコの町のまん中に「ザアカイの木」と呼ばれるいちじく桑の古木があって、言われてみればまことに登りやすそうな枝振りで、当時を彷彿とさせています。
このあとイエスはエリコからエルサレムに上って行きますが、エルサレムでは祭司長や律法学者たちとの決定的な対立があり、そのまま十字架上で野死を迎えるわけですから、イエスと弟子たちにとって、エリコは最後の安息の地となったということになります。
不毛の荒れ野の只中にある、いのちあふれるオアシス。そのイメージは、魂の世界でこそ輝きを放ちます。恐れと不信、争いと絶望の魂の荒れ野の只中に、神のことばが凛と響く。「見えるようになれ」「あなたの信仰があなたを救った」「今日はぜひあなたの家に泊まりたい」「今日、救いがこの家を訪れた」。そのような福音のあふれるところこそが、現代のオアシスであり、人生の途上でだれもが立ち寄るべき救いの泉です。傷つき倒れている人、闇の底で死に掛けている人を見かけたら、何をおいてもまず、魂のオアシスに連れて行くべきです。
有名な「善いサマリア人のたとえ」(ルカ10・25-37)では、イエスはその舞台を次のように設定しています。「ある人がエルサレムからエリコへ下っていく途中、追いはぎに襲われた。追いはぎはその人の服をはぎ取り、殴りつけ、半殺しにしたまま立ち去った。」
その後の展開はご存知でしょう。通りかかった祭司もレビ人も、倒れているこの同胞のユダヤ人を無視して通り過ぎますが、日ごろユダヤ人から蔑視されていた一人のサマリア人だけが、彼を憐れに思って助け起こし、自分のろばに乗せ、宿屋に連れて行って介抱します。「エリコへ下っていく途中」のできごとというのですから、その宿屋はエリコにあると考えるのが自然でしょう。つまりこのサマリア人は、死に掛けていた旅人を、まさしくいのち吹き返すオアシスへ連れて行ったのです。
イエスはたとえ話をこう結びます。「行って、あなたも同じようにしなさい」。