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2004年9月号 No.373  2004.9.18

「仕方無い」、それは新たな出発点 加藤 豊神父
中高生親睦合宿 加藤 俊太郎
中高生夏季合宿@つまごいに参加して 高橋 英海
中高生会夏期合宿に参加して 岡田 芳
かおり保育園でボランティアをして 塚本 博幸
ボランティア 山形 杏奈
中高生会のリーダーとなって思うこと 宿里  広太郎
シニアの集いを前に 海野 滋子
洗礼を受けて 中村 秀美
10 洗礼式を終えて 中村 真理子

 「仕方無い」、それは新たな出発点

                                  加藤 豊神父
 最近、「仕方無い」という言葉が気になります。何故って、気になってしまうのだから仕方無い(笑)。「仕方無い」、わたしたちは普段、その言葉が持っている積極的な側面に、ほとんど注目してはいないと思います。どちらかといえば、「諦め」とか、「見切り」とか、ちょっとした絶望感を表す際に用いる言葉、という印象が強いのではないでしょうか? 
 しかし、そのような印象とは逆に、「諦められないのだから仕方無い」とか、「見切れないのだから仕方無い」とか、実際、そんな言い方もできてしまうわけです。
 こうしてみると、この「仕方無い」、実はとてもニュートラルな言葉であることが分かります。要するに用いる際、その人がどんな文脈で、この「仕方無い」を使用するかによって、この言葉はある積極性を発揮することにもなれば、反対に消極性を発揮することにもなり、結果、人の「やる気」に水を差したり、反対に人の心を解放したり、と、諸刃の剣のような、そういう不思議な力を持っているのだと思います。
 「仕方無い」、わたしたちはこの言葉の内容を、しばしば「結論」として理解しています。しかし、わたしが思いますに、それは「仕方無い」についての偏った見方ではないでしょうか? 「仕方無い」、それは何も「絶望」を意味する一言ではないはずです。誰がそう決めたのでしょうか?むしろ、それを新たな「出発点」の確認として理解した場合?たしたちは堅固な現状受諾のうちに前に進めるのではないでしょうか? 
 わたし自身は高度成長期に幼少期を過ごし、思春期はいわゆる受験戦争、青年期はバブルの真っ直中という時代の子です。そのような歩みの中、何事も成せば成るという一種の嘘の犠牲となった人たちを目の当たりにしてきた気がします。かつて、サラリーマンの過労死、受験生の自殺、家庭の崩壊等が相次いで報じられました。順風満帆の間はまだ「成せば成る」でもいいでしょう。但しそれは個々の成功者の狭い経験に基づいた教訓であり、その意味で永遠の真理ではありませんから、時に「薬転じて毒となる」、そうなると人を苦悶に陥れたりします。
 ご存じのように、人は皆、壁にぶつかり、それを勢い頑張りで乗り越えれば乗り越える程、現状を謙虚に受諾する習慣からは遠ざかり、更に立ちはだかる巨大な壁の前で、人も自分も世の中も認め難くなってしまうことがあります。
 「仕方無い」、それは神を忘れた西欧近代文明にとって、またその影響下にある社会にとって一服の清涼剤。それはまた「遜り」。今やわたしたちにもなんとなく懐かしい響き。「わたしは弱いときにこそ強い」(二コリント12:10)と語るパウロの平安。自分の無力さに絶望しない自己受容(ある医師によれば)。寛容の泉でもあります。
 人間は自分の力や業では救われない(仕方無い)、だからこそキリストは十字架についてくださった。そこに感謝の心が湧いてくるのではないかと思います。


 中高生親睦合宿
                                      
                                 加藤 俊太郎
 今年の夏休みは、教会学校の親睦合宿に行きました。去年もこの合宿があったのですが、僕は用事があって行けず、今年の合宿を楽しみにしていました。
 行った場所は群馬県嬬恋村の高橋家の別荘でした。
 一日の日程は特に決められていなくて、自分達で−日の行動を決めるシステムでした。夜は、聖書研究などをしました。これが、自分にとって一番楽しい時間でした。夜の夕食もおいしく、「自分の家のごはんとは、また違うな」と思いました。
 二日目は雨の中テニスをしてから、草津温泉に行きました。草津温泉に行くのは、人生初なので、すごくワクワクしていました。草津温泉の中には、マイタケを食べられる店がありそこで、昼食を食べました。(かなりおいしかった)草津を出た後、尻焼温泉に行きました。この温泉は川とつながっていて、「すごいな〜」と思いました。川で崖から飛び込みもしました。温泉から掃って来たら、まこと君達のつくった夕食、お好み焼きなどを食べました。
 毎日朝、ミサをしました。いつもより短いミサでした。この合宿で僕はいろいろなことを学びました。これからも、この合宿のことをいかしてこれからを生きていきたいです。


 中高生夏季合宿@つまごいに参加して

                                   高橋 英海
 春に宿里さんの尽力で復活した中高生の合宿、その第二回、夏季の合宿に宿泊所提供者・案内人として参加させてもらいました。私は普段は大学生を相手に仕事をしていますが、中高生だとまた一味違った若々しさ、元気さがあります。そんなみんなと一緒に過ごせた楽しい三日間でした。中でも一日早く帰?ヒロを送ったときや、一緒に作業をしているときにみんなが見せた友達に対するやさしい気持ちに触れられたのは大きな収穫でした。
 人間は若ければ若いほど将来に向けて大きな可能性を秘めているものです。可能性を秘めた若いみんなの中で教会の仲間と過ごしたこの経験が活かされていくことを、そしてそんなみんなと今後も様々な活動を行っていけることを願っています。


 中高生会夏期合宿に参加して

                                  中3 岡田 芳
 今回の中高生会はとても思い出ができました!みんなで作った食事やみんなでやった花火・テニス・一緒に食べた舞茸w・温泉・家の中でやったBBQなどなどとても楽しかったです。まだまだ多摩教会には中高生は少ないけれど頑張っていきましょう!! 
 今回も前回も迷惑ばかりかけていましましたが、次の中高生会もよろしくお願いします!!。

かおり保育園でボランティアをして

                                    塚本 博幸
 かおり保育園は、昔私が通っていた保育園だ、そこで「ボランティアをしよう」という話が、中高生会の中で起こったので、「これは恩返しをしなくてはな」と思った。
 小さい子の面倒を見るのはこれほどまでに大変なのかと実感した点が2つある。
 1つは、片付けをさせること。先生が「お片付けしてください」と言っても、全部片付けるのに20分くらいかかってしまった。
 もう1つは、昼寝をした子を起こすことだ。かおり保育園には園児の昼寝の時間があるのだが、子供を起こすのに一苦労だ。子供がふざけてしまって布団にしがみつき、なかなか離れないのだ。結局3時から3時30分ほどまでかかってしまった。
 苦労した点もあったが、今回のようなボランティアはいい経験になったと思う。このような形で教会に貢献できるのはいいことだと思う。

 ボランティア

                                    山形 杏奈
 かおり保育園へのボランティアではたくさんの赤ちゃんたちの世話が出来てとても楽しかったです。1歳児の子たちの部屋でお手伝いしたのですが、1歳児は、まだちゃんと喋れなくって歩き始めたばかりだったので扱うのがとても大変でした。
 パジャマをなかなか着てくれないし(立ってくれないし・・)、何を言っているのか分からないので何度も聞き返してしまいました。またかおり保育園にボランティアすることになったら、成長した1歳児の子たちを担当したいな〜と思います。

 中高生会のリーダーとなって思うこと

                             リーダー 宿里  広太郎
夏休み後半の中高生会の活動は、かつて無いほど活発なものでした。
8/15AM夏期合宿前日買出し大会
8/15PM聖母被昇天かき氷担当
8/16〜18夏期合宿in嬬恋
8/22調布教会中高生会リーダーと打合せ&合宿壁紙作り
8/27かおり保育園でのボランティア活動(保育士補助)
8/29AM子供ミサギター担当
8/29AM調布教会中高生夕涼み会に参加
そして、現在は9/19シニアの会でのギター伴奏練習中
今、思い出しても目が回りそうなほどです。ふと、なぜ、体力的にも下り坂の30半ばの妻帯者が、そして平日会社を休んでまで、もはや、「リーダー業」と呼べるような、めまぐるしく、大変な活動をしているのだろうか?と考えました。
 なぜだろう?考えようとすると次から次から、この夏の出来事が思い出されてきます。長崎から戻ってきていた慶太郎が、合宿に参加できないにもかかわらず、買出し大会に来てくれたこと。みんなで、かき氷を削ったこと。合宿に俊太郎が初参加できたこと。保育園で兄さん、お姉さん先生となったこと。そして、初めて多摩教会以外の中高生との交流に緊張しながらも、最後は楽しそうにバスケットボールをしたり話したり笑ったりしているところを見ることができたこと。多摩の中高生がどんどん本当の兄弟のようになっていること。
 そんなことを考えていると、いつのまにか、あ〜リーダーやっていてよかったな〜「リーダー業」もいいもんだな〜と、思えてくるのです。
 中高生はどんどんみるみるうちに成長していきます。自分もリーダーをすることによって、成長させられていることを感じています。


 シニアの集いを前に

                                    海野 滋子
 津和野方面へ巡礼旅行の時、錦帯橋の傍の食堂で昼食を取った、名物の「祭り寿司」であった。二寸角の綺麗に飾った押し寿司が、二個づつ配られた。味もいい、私はさっさと二個をたいらげた。同席のT神父様はそれを見て「海野さん!太りすぎとは言わないけれど、食べすぎではないですか」と言われた。過食・・・口の要求するままに自制心なく、十二分にその味を楽しんでしまうを如何にせん。
 太り過ぎの私が宿の敷布の端に足をとられ転倒してしまった。痛い、冷や汗がでる、しばし起き上がれない。自分で「これは骨折した」と気付き早速帰宅したいと願い出た。神父様は診察を受けてからと親切に言われたが、すぐ帰りたいと叫んでしまった。「年寄りは、言い出すと聞かないのだから」との一言でようやくお許しを受けることが出来た。それから一人で十時間、飲まず、食わず、動かず、出さず、新幹線ですべて我慢し続け、無事帰宅することができた。その間、神父様が、身勝手なこの老女のために心配し、祈ってくださったことと痛感するのである。
 人生最後の巡礼旅行と決意し、ニュージランドへと飛んだのは、わたしの83才の時だった。バスから降りる時、私のヨタヨタ姿にT神父様は手を差し出して助けてくださった。「有り難うございます。歳をとりますとお世話をかけてしまって・・・」と言うと、「人間は歳をとったから世話になったと言うのではないでしょう、生まれた時から沢山の人の世話になって、今日まで生きてきたのでしょう」と諭された。
 長い人生を振り返り、じっくりと考える。思い出は尽きない。数え切れない人々にお世話になった。気付かない人のお世話、忘れてしまった方のお世話なども多々あることだろう。神を通じて皆さんにお礼を申し上げたい。


 洗礼を受けて

                                   中村 秀美
 待っていた洗礼を受けられてうれしく思います。わたしたち家族は、キリスト者ではありませんでした。特にわたしは、なんの興味もありませんでした。なぜ、わたしが洗礼を授かりたいと思ったのかをお話ししたいと思います。
 わたしがキリスト教に興味をもち、話をきいてみようとおもったのは、不謹慎であるかもしれませんが、妻の両親がキリスト教による葬式をし、そのとき、神父やそこに列席されている方々が死者を見送る様子が、いままで仏式での葬式しか経験してこなかった私には、とてもシンプルで「いいな」と感じました。その後、私の父が仏式にて葬儀をしたとき、この見送りかたはあまりに形式的と感じ、腹ただしくお金ばっかりかかり、死者に対するとむらいの心がないと思いました。それからです。「キリスト教とはなにか、全世界に広まり、2000年の長きにわたりつづいてきた宗教とはどんな宗教なのか」それを知りたくて通いはじめました。
 まず、疑問に思ったことは?キリストの復活」です。現実的にはありえない話です。でも、聖書のなかにその答えがありました。「コリントの信徒への手紙」15−12〜17、特にそのなかの14節(キリストの復活がなければ、信仰は無意味)とのパウロの言葉です。「そう、信仰とはそういうことだ」と感じ、学びを深めてまいりました。
 加藤神父が言われた「キリスト教はご利益宗教ではない」との言葉が印象的です。
 イエスは生身の人間を愛され、人の弱さをよく知っていてくださる存在のかたです。
 人をたいせつにする宗教なのでしょう。だから妻の両親の葬儀にわたしなりになにかを感じたのだと思います。
 わたしは、生まれつきのキリスト者ではありませんので、洗礼を授かったからといって終わりではありません。洗礼を授かり、やっと門の前に立つことが許されたぐらいです。
これからも勉強しイエス・キリストは何を知らせ、何を教えたいのかをわたしは知りたいです。
 神父様ならび共同体のみなさまわたしをお導きください。


 洗礼式を終えて            

                          マリア・モニカ 中村 真理子
 今、洗礼を受けることができ、感謝の気持ちでいっぱいです。昨日と同じ今日なのに何も変わっていないのに、私の心には安心感といいますか穏やかな時の流れがあります。小さいころから漠然と信じていた神様と、初めて本当につながれたという気がします。
 私が幼いころ、神様に嫁ぐように修道院へ行った姉はずっと私を導いてくれました。私はいつも温かく見守ってくれ、やさしく微笑む姉には何でも話すことができました。教会に行きたいという思いをずっと持ち続けていた私は口実があれば喜んで教会に行っていましたが、夫がキリスト教に興味を持ってくれたことで私にも教会に行く許可が下りたように感じました。そして夫の母が思いがけず私の背中を押してくれたのです。
 夢のような気持ちでした。夫とともに洗礼を受けることができ本当にうれしく思い、神様の愛を感じています。
 また、多摩教会の一員になれたことは大きな喜びです。皆様どうぞよろしくお願いいたします。最後になりましたが私たちをいつも教会にお誘いくださった田山さん、代親になってくださった下津さんご夫妻、そして私たちをここまでお導き下さった加藤神父様に心より感謝申し上げます。ありがとうございました。

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