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2010年9月号 No.445  2010.9.25

あぶう ばぶう
晴佐久 昌英 神父
荒野のオアシスとなる教会をめざして 北村 司郎
聖 書 輪 読 会 工藤 扶磨子
あぶう ばぶう

                                   主任司祭 晴佐久 昌英神父

 高校三年の冬でした。年末も近いころ、突然すばらしい考えがひらめきました。
「そうだ、美大に行こう」
 何かを突然思いつき、思いついたら最後そうしないではいられないという性格上、滅多なことを思いついてはいけないことは分かっていましたが、ひらめいてしまったものはもう、どうしようもありません。その夜、仕事から帰ってきた父にその思いを話すと、この時期になっていくらなんでもいい加減すぎると思ったのでしょう、ひどく不機嫌な顔になりました。
「何を馬鹿なこと言ってるんだ、世の中はそんな甘いもんじゃない。真面目によく考えろ。やりたいことだけやっていても、生きていけないんだぞ」
 父の言うことは全くその通りで、まともに反論も出来ず、しかし思いついてしまった以上、もはや引っ込めるという選択肢もなく、途方に暮れてうなだれているうちに涙がポロポロこぼれてきました。父はあきれ果て、「美術なんかやって、将来どうするつもりなんだ」と聞くので、これまた突然ひらめいて「子どもたちに福音を伝える絵本を作りたい」と答えました。
 その後、たぶん「あの子を信じてあげましょうよ」とかとりなしてくれたのでしょう、翌朝母が「お父さんのオッケー出たわよ」と伝えてくれました。喜んでその日のうちにさっそくデッサンの本と道具を買って来て、ウキウキしながら絵を描き始めた息子を、両親はどんな思いで見ていたのでしょうか。もっとも、その三年後には、この息子は「そうだ、神父になろう」と思いついてしまうわけですが。

 このたび、私の三冊目の絵本「あぶう ばぶう」が、ドン・ボスコ社のクリスマス絵本として出版されました。
昨年、製作の依頼に来た編集者が、「うちの絵本、あまり売れないんですよ。なんとか受ける絵本を出したいんですが」というようなことを言うので、こうお答えしたのを思い出します。
「お引き受けしますけど、売れるとか売れないとかはともかく、子どもたちに福音を伝える絵本にしましょう」
 何のことはない、三十年前と同じことを言ってるわけで、不思議と言うべきか当然と言うべきか、感慨深いものがあります。文章だけではあるけれども、ともかくも念願かなって「福音を伝える絵本」を作れるわけですから、何も遠慮することはありません。「内容はすべて、思いつくまま好きに作らせてもらいます」と申しあげたら、編集者は覚悟を決めたという顔つきで、「お願いします」と答えてくれました。
そのときふと、生まれたばかりのイエスさまが、絵本を読んでる人に向かって両手を広げて語りかけている絵が思い浮かびました。そこで、「イエスさまを訪ねてきた人に、まだことばをしゃべれないイエスさまが福音を宣言するような話にしましょう」と言ったら、それはいい、ということになり、結局そのまんまの内容の絵本になりました。絵をお願いした、かにえこうじさんの絵は、まさにこのとき思い浮かべたまんまのイメージで、きっと子どもたちは強烈な印象を持ってくれるでしょうし、それが彼らの救いの原体験になってくれればと願っています。
 「子どもたちに福音を伝える」とは、何か福音について説明することではありません。福音を体験させることです。福音を語るのは神であり、その内容はひたすら神の愛です。神がわが子である人類一人ひとりに、ご自分の愛を伝えようとしているのですから、なによりもまず、そのお手伝いをする絵本にしたかったのです。そのシンボルとなるのが、イエスさまが絵本を読んでいる子供たちに向かって直接手を広げている場面です。ぜひこの場面を大勢の子どもたちに見てもらい、神さまに福音を語りかけられるという救いの体験をしてほしいと願っています。

 もうすぐ死者の月。第一日曜日には、五日市霊園の多摩教会墓地にみんなでお祈りに行きます。実は私の両親の墓も同じ霊園にあるので、ついでと言っては何ですが、お花を飾ってくるつもりです。そのとき、「あぶう ばぶう」もお供えしてこようかと思っています。「父さん、母さん、おかげさまで、子どもたちに福音を伝える絵本が出来ましたよ」、と。

連載コラム「スローガンの実現に向かって」第6回
《荒野のオアシスとなる教会をめざして》

                               鶴牧 北村 司郎

 聖書の中では荒野とは神様の助けがないと人間の力だけでは生きていけない所、とされている。だから、旧約の民は荒野でマナが与えられ飢えをしのぎ、イスラエルを目指すことが可能となったのである。イエスへの誘惑も荒野で行われたと聖書はしるしている。荒野はある意味では神様と出会う場所かもしれない。しかし、荒野という概念は我々日本人には分かりにくい所である。むしろ、砂漠の方が分かりやすい。砂漠とは地理的には降水量より蒸発量の方が多く、植物が育たない所とされている。水分がなく、植物もないため、人間の力だけでは生きていくことが不可能なのである。しかしながら、イスラエルの民も荒野を離れて約束の地に定住した時からある意味での堕落が始まったといっても過言ではない。その意味からすれば、水があり、食べ物が豊富にあっても、精神的な意味で荒野であり得るからである。その意味からすれば荒野という概念は深い意味を持っているのかもしれない。
 寺西神父様がご自分の巻頭言集の表題を「荒れ野から」としたのは、確かにあの時代多摩ニュータウンが荒野の様相をしめしていたことは事実である。樹木は削り取られ、関東ローム層の赤茶けた土肌がむき出しになっていた。まさに荒野にニュータウンの近代的な建物が立ち並ぶ光景だったのである。しかし、それがオアシスになったかといえば、成りえなかったのである。道路が整備され、鉄道が2本も入ってきて、人口が増加していっても荒野のままであったのが現実でなかっただろうか。そして、その現実は今も変わっていないのだと思う。その中で多摩教会は創立以来、本当の意味で小さなオアシスにならんとして存在してきたと思う。それがあの表題の意味だった、と今思う。
 オアシスとは乾燥地域の中にあって水のあるところであるが、その定義の中には外来河川というのも入っている。外来河川とは、乾燥地域を貫通して流れる河川である。考えてみれば、人類の四大文明はすべてオアシスから出たものである。また、シルクロードは乾燥地域に点在するオアシスを結んだものでもある。ヨーロッパとアジアの文化はオアシスを通って行き来したことを考えると、オアシスが人類に与えた影響は測り知れないものがある。教会がオアシスのような存在になるとはまさに荒野にあって水分のあるところ、というだけでは足りないような気がする。かつてのオアシス(外来河川)がそうであったように文化の発祥地としての観点も必要ではないだろうか。教会を通って本当に人間にとって必要な文化が流れていくところ、という一面も必要な気がする。人間が神様の助けによって本当に人間らしくなれるところ、それがオアシスなのだと思う。また、東宣教協力体をはじめ、他の教会とのつながりはシルクロードでもある。周辺教会とのつながりはこれらの文化の通り道だと思う。その意味でも他教会とのつながりを大切にしていきたい。 
余談になるが学校ではオアシス運動という挨拶運動が盛んな時期があった。即ち、オ おはようございます。 ア ありがとうございます。 シ 失礼します。 ス すみません。人間関係を円滑にするための挨拶をオアシスにちなんで行なったものである。オアシスに集う私たち自身の中でオアシス運動は最低限必要なことかもしれない。同じオアシスに集いながら、互いに挨拶がないのはオアシスに成り切れていないことになるのではないだろうか。 

聖 書 輪 読 会

                                  工藤 扶磨子
 2003年6月に聖書輪読会が発足、2006年9月末、1回目、そして今年2010年6月に2回目の通読が終り、3回目に入りました。
自分一人では仲々聖書を読むということもしませんでしたし、増して通読など、到底出来ないものと思っていました。でも、一生に一度は読み通せたらいいなあと思って輪読会に参加致しました。そして、2回通読出来たのです。もちろん、私は、理解したり、真理をつかむことからはほど遠く、字づらをたどっているだけのこともありますし、カタカナの人名や地名ばかり続く所は読みにくく、ろれつがまわらなかったり、なんども読み違えたり、通りすぎるとホッとしたりしています。
しかし、それなりに気持ちに深く入って来たり、物語としておもしろかったり、読むことそのことが祈りに通じるのではないかと思ったり致します。
3回目に入りましたので、少しゆっくり味わっていきたいと皆さんおっしゃっています。あまり深く考えずに、読み通すことに主眼をおいて、ゆっくり進めています。
他にも新しく輪読会を始めたグループがあるようです。ニューズに過去2回のせていただきました。どなたでも始めることが出来ます。新しいグループが沢山できるといいですね。 主の平和                       


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