2018年11月号 No.543

発行 : 2018年11月24日
【 巻頭言:主任司祭 豊島 治 】

息します

主任司祭 豊島 治

 多摩カトリックニューズ発行の11月24日早朝、2025年大阪で万国博覧会が行われることが決定したと、海外メディアからの情報がでました。訴えたテーマは、「いのち輝く未来社会のデザイン」。健康で豊かに生きる方法を探る「未来社会の実験場」との位置づけです。

 福島県南相馬市にあるボランティアベース「カリタス南相馬」。その運営には東京六本木に拠点を置くカトリック東京ボランティアセンター(CTVC)もお手伝いしていますが、運営委員会の席上、いまなお困難が続く被災地にあるボランティアベースのモットーを掲げる文言を確認するとき、生きとし生けるものを意味する『いのち』の表記が議論になりました。「命」とするか「生命」をいのちと読ませるかという内容です。
 教員出身の委員さんは「生命」を薦められ、震災当初から活動している方の一人は「命」を好むという具合になりました。沖縄で使われる「命どぅ宝(ヌチドゥタカラ)」についても話が広がりましたが、カトリック教会の儀式書では「いのち」とひらがな表記となっており、カトリック精神をもってする活動であるので、この会議での結論は「いのち」の表記となりました。

 読み手の感覚も多様でしたので、儀式書に依拠する「いのち」として決着したのですが、学説ではいろいろあるようです。近年読んだある学者の説は:
 『「いのち」は【生(い)の霊(ち)】の意味からくると推測する。「い」は【生き】であり源は「息吹(いぶき)」の「い」。生のあかしである息吹を儀としているというものである』
 ちなみに「命」は:
 『古くは「令」からきており、神殿の役人が衣装をいただくとき、ひざまずいて、神託を受けるかたちで、その真意を「令」とし、のちにこの字が「命」となった』
 というものでした。カトリック教会儀式書がこの説からとったかどうか、私はそこまで深めることはしませんでしたが、「いのち」には【息吹き】の意味が含まれているとなると、つい現代に生きる私達の社会には息苦しさがあるのを思い出してしまいます。

 救い主がこられることを意識する待降節がはじまります。同時に私達にもいつか物事に終わりがあることを意識します。次の世代に生きることの喜びを伝える雰囲気をつくりましょう。そのために息苦しい気持ちで過ごしている人とつながって、生まれた喜びの一面である「神は命の息を吹きいれられた」(創世記)を意識し、「息すること=生きていることの意識」を多くの人と実感する機会が増えますように。

 まず、日々の生活のなかで意識した深呼吸の回数を増やしてみてはいかがでしょうか。
 それが祈りにつながりますように。
 そこから幼子イエスの生まれた風景、誕生からの最初の仕事である息吹の繰り返しを主が繰り返していることを思い起こすことができますように。
 そして、この私が神によって支えられている勇気に変わることができるように。
 それゆえ 互いを愛せるように。

 この期間、いつもより目標を高く設定してクリスマスを迎えましょう。

【 連載コラム 】


人生の旅をいっしょに
= ウエルカムのサインをあなたからあなたに =
連載コラム「スローガンの実現に向かって」第93回
2018年のバザーを終えて

稲城・川崎地区 マルコ 高橋 岩夫

 10月21日(日)秋晴れの澄んだ空気の中、佐々木実行委員長の手によって、バザー開始の鐘の音が鳴り響きました。
 今年のバザー準備は、まだ少し寒さの残る4月からスタート。第1回実行委員会から活発な意見交換が重ねられました。まずは今年のスローガン。豊島神父様が東京教区ニュースのインタビューに答えておられた「皆が一つになるように」が候補にあがりました。多摩教会に集う人達、教会まで足を運べなくても祈りでつながっている人達、遠くや近くのあの人この人達が皆、イエス様の元に「一つになるように」と(私は解釈しましたが、もっと深い意味がありますね、きっと)満場一致で決定しました。その他、バザー収益金の用途から台所の使い方まで丁寧に話し合われ、今年は調理時の衛生面についても確認されました。食中毒対策は各地区からも様々な提案が出て、有効な情報交換が行われました。
 会場のレイアウトを決めるときは、早めに売り切るお店と最後まで残ってお客様を待つコーナーとのバランスなども配慮したレイアウトに決まり(その効果は後程報告します)、全6回の実行委員会は毎回濃密な話し合いとなりました。

 バザー前日は、恒例の手作りアート作品が搬入され、信徒館は早くもバザーのにぎやかな雰囲気になりました。2階では、これまた恒例の献品値段付け。例年、この値付け作業はたくさんの品物を相手に皆で苦戦(?)するそうですが、今年は献品数が例年よりは少なかったものの、多種多様な品物が集まり値段を付けるのが難しかったようです。続いて、会場設営です。こちらは、テントやテーブル等の準備で力仕事となるため、多くの奉仕者を募集しましたがなかなか集まらず、担当の寺田さんを中心に少人数による作業になってしまいました。次年度への課題の一つです。

 そしていよいよバザー当日。秋晴れの素晴らしい主日となりました。神に感謝、皆さんに感謝です。
 教会の周囲には「多摩教会バザー」ののぼり旗がはためき、入り口では昨年から出店を始めた「青果多摩」の新鮮野菜が多くの人々を出迎えます。その隣では、恒例の「焼きそば」が美味しそうなソースの香を運び、道行く人々を誘います。駐車場2階の献品コーナーは今年も掘り出し物がずらりと並び、お客様を待っています。準備がすべて整った午前11時、豊島神父様からの依頼を受け、実行委員長が開始を告げる鐘を響かせました。待ち構えていた多くの人たちが、一斉にあのコーナーやあの販売店へと流れ、バザーの盛り上がりはあっという間に最高潮です。
 皆さんはお目当ての品物を手にし、食することができましたでしょうか?出店、出品された皆さんも、おいしい食べ物に手作り作品、手間暇に創意工夫、本当にお疲れさまでした。例年のことながら、共用の物品を大量に仕入れてくださる方々、実行委員の気づかない細やかな準備をさりげなくやってくださる方々、ここに掲げることができないくらいのたくさんの方々の奉仕のおかげで、無事にバザーを終えることができました。この場を借りて深く感謝申し上げます。

 最後に我が稲城・川崎地区が関わるエピソードを一つ。毎年、教会の近隣の方々に「バザーご招待券(飲食のみ無料券)」を配布しています。この券が、今年は60枚配布された内18枚ほど使用され、教会に足を運ぶ人が多かったことは嬉しいことでした(昨年の利用は2枚)。その中に、老人ホームから車いすでいらしたお客様がおられましたが、午後からゆっくりのご来場でした。早めに売り切れとなるお店が多い中で、ウチの地区は「まったり最後まで続く店」を掲げてやっていたので、遅めの到着のお客様に、温かな食べ物や飲み物を提供することができました。売り方のバリエーションや、会場のレイアウトを丁寧に考えてきて良かったなーと思えたエピソードです。
 実行委員を2年続けてやらせていただきましたが、私にとっての「オアシス」は、ここ“カトリック多摩教会”であり、そこに集う多くの方々の温かな思いなのだなと、いま改めて感じています。ありがとうございました。

【 お知らせ 】


「初金家族の会」からのお知らせ

 11月2日の初金ミサで、豊島神父さまは、死者の日に因み、死のとらえ方について話されました。日本では葬儀は厳粛で悲しみを表すものでしたが、外国ではこれと異なる情景の葬儀も多く、これは死の受け取り方の違いによるものとの話をされました。煉獄と天国の話に関連づけ、死のとらえ方についての考えを示されました。死は悲しい、怖いとする人もいるが、生誕の時と同様、死を、希望を持って迎えることができるものです。

 初金家族の会では、中嶋 誠さんより、中東での現地ビジネスで経験した多様性についての話を聞きました。中東の概要に始まり、サウジアラビアでの大学プロジェクト推進で経験した実体験によるものを、約30ページの資料に基づき話されました。
 中東はキリスト教発祥の地ですが、今も旧約聖書を彷彿とさせる慣行が存在し、そのことがベースとなり、日本では考えられない、思ってもみない規制などが多数存在します。ビジネス・プロジェクトは、サウジアラビアで東京都23区の半分程度の広さの大学の新設に関連するものでした。プロジェクト推進に関し、仕事の進め方、ビジネス面での顕著な違いを感じたとのことです。それは、ビジネスでの組織行動の実務で、コンテキストと言われる社会文化の違いによる組織指揮命令での情報と行動、感性と問題意識のギャップでした。多様な中東の人々には、日本人同士の感覚では組織運営はうまくいかず、それなりの分析工夫が必要だったとのことでした。
 中嶋さんのお話で、生活面でも仕事の面でも、中東と日本はそれなりの違いがあり、今後増えることが予想される外国の人々と共に生きていくには、相互の理解、努力が必要なことを認識共有できたのではないでしょうか。

 初金家族の会、次回は12月7日の初金ミサの後、午前11時頃から、「貝取・豊ヶ丘地区の黒川 優子さんによる歌声コンサート」を予定しています。ご一緒に美しい歌声を楽しみましょう。
 「初金家族の会」は、初金ミサの後、貴重な体験を披露し、分かち合い、信仰を語り合う、信仰家族の絆を深め合う楽しい集いです。皆様、どうぞお気軽にお立ち寄りください。