連載コラム:「音楽の力、信じます」

人生の旅をいっしょに
= ウエルカムのサインをあなたからあなたに =
連載コラム「スローガンの実現に向かって」第89回
音楽の力、信じます

稲城・川崎地区 小俣 浩之

 昨年末、フランスのリヨンでクリスマスに夜半のミサに与りました。ヨーロッパの教会でミサに与るのは久しぶりのことでしたが、オルガンの優しい旋律と色彩豊かな音色が聖堂に響き渡り、心が研ぎ澄まされて、神様がすぐそばにいらっしゃるのを、とても強く感じました。神様を賛美する気持ちを込めて、こんなふうにお祈りを豊かにしてくれるオルガンが弾けたらいいなと思いました。

 私が多摩教会でオルガン奉仕を始めたのは、まだ多摩教会の仮聖堂(いまの信徒館1階)時代のことです。そこには古いエレクトーンが置いてありました。新聖堂の工事が始まって完成が近づいてきた頃、新しい聖堂に据えられた新しいオルガンを羨むかのように、そのエレクトーンは壊れて音が出なくなってしまいました。そのときは急遽、代替として、多摩教会黎明期に使われていた足踏み式オルガンでミサのオルガンを弾く、ということになりました。電気ではなく人の足で空気が送り込まれるオルガンは、演奏中、常にペダルで空気を送り込み続けなければ音が鳴りませんが、それはそれで人間味のある味わい深いものでした。
 2000年の大聖年の年、聖堂完成と共に設置されたいまのオルガンは、ロジャースという米国のメーカーの教会オルガンです。ロジャース社は、電子式とパイプ式を融合させたオルガンを製作したことで有名になった会社です。そのロジャースのオルガンを導入するからには、スピーカーではなくパイプから音を出す仕様にしたかったようですが、聖堂建設当時、予算の都合上、削られてしまったとのことです。でもこのオルガンは、電子楽器でありながら弾き手の心を伝えられるいい楽器だと思っています。

 祭壇を美しい花で飾るように、日の光で輝くステンドグラスのように、荘厳な香の薫りが聖堂いっぱいに広がるように、私は美しい音楽で聖堂を満たしたい。いつもそういう想いで、オルガンを弾いてきました。言葉で伝えられない想いを、私は音楽を通して神様に伝えたい。美しい旋律や響きを通して、神様に触れることのできる力が、音楽にはあります。
 先日、多摩教会聖堂のイコンをお書きになったシスター内海の講話がありましたが、シスターは「神様の手」でイコンを書いている、と仰っていました。単に自分がイコンを書いているのではなく(神様と祈ることを通じて)神様に書かされている、という趣旨でした。
 私は作曲するときもオルガンを弾いているときも、神様が私を通して曲を書いている、神様が私の手を使って音楽を奏でている、と感じる瞬間があります。そうした瞬間、神様に至る一直線のパイプが、音楽を介して私から神様にじかにつながっているのを感じます。
 野に咲く花を見ると、神様の素晴らしい御業を感じるように、素晴らしい音楽を通して、やはり神様の御業を感じることができます。そういう音楽の力、私は信じます。その想いを込めてオルガンを弾いています。

※ミサに与ったノートルダム・ド・フルヴィエール教会